では、なぜ統合話は破談になったのか。反対派を説得できて、銀行からの融資も確約が取れた。となると、次のハードルは中国政府による妨害だろう。前回の記事でも述べたが、この統合話を中国政府が容認するとは到底思えない。自国のNANDフラッシュメーカーであるYMTC(長江存儲科技)が何とか上位進出を狙おうとしている矢先、米国政府から「128層以上のNANDフラッシュ製造に関与する製造装置の輸出禁止」という規制を受け、出ばなをくじかれた。このような状況下で、いわゆる西側諸国がNANDフラッシュ市場の寡占化を進めるなどとんでもない、というのが中国政府の本音ではないだろうか。そもそも、メディア各社が「2社統合」という報道を始めた時点で、筆者としては「そんなことを中国政府が認めるわけがない、多分誤報だろう」と高をくくっていた。にもかかわらず統合話は進展し、銀行まで巻き込んだ具体的な段階に差し掛かったのである。
この点についてはどうしても疑問が残るが、やはり「中国政府を説得する力」がなければ、この話は成立し得ないはずである。
ここから先は筆者の妄想でしかないが、そんな力が働いているとすれば、それは米国政府以外に考えられない。言い換えれば、米国政府が今回の統合話に「乗り気」になっているからこそ、中国政府を説得してまで統合話を進める、という力を発揮するに至ったのではないか。米国政府がどのような力を発揮した(あるいは発揮しようとした)のかは知るよしもないが、妄想ついでに申し上げれば、今回の破談が米国政府と中国政府の交渉決裂によるものだとすれば合点がいく。しかし推進派の当事者は、こんなことをメディア向けにコメントするわけにはいかないだろう。唯一の反対派だったSK Hynixのせいにして、それ以外のことには一切触れない、というスタンスで対応するしかない、などなど、筆者の妄想披露はここまでにしておきたい。
話を現実に戻すと、キオクシアはこれからどうなるのか、日本政府としてはどのような戦略でキオクシアに対応するのか、という課題が残されている。
NANDフラッシュ市況の回復を待って上場を狙うのか。ほとぼりが冷めたころにWDとの統合話を再燃させるのか。そして上場廃止間近の東芝が持つキオクシア株を誰が管理するのか。これらの詳細については前回の記事で述べたので割愛するが、筆者としては、日本政府としてキオクシアをどうすべきなのか、ぜひ熟考してもらいたい。今や半導体産業は国家戦略に組み込まれるように重要視されている。今回の統合話にも日本だけでなく、米国や中国の方針や戦略が関与している可能性が非常に高い。筆者の妄想に付き合ってくれ、とは言わないが、日本政府は米国政府の言いなりが過ぎるのではないか、と思えてならないのである。
キオクシアという企業の存続方法は何通りも存在する。その中でどれが最善策なのか、日本の目指すべき半導体戦略としてどんな選択肢が残されているのか。少なくとも、今回の統合話の破談は、筆者としてはネガティブには考えていない。もう一度じっくり考えるチャンスが巡ってきた、とポジティブに考えている。
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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