メディア

定年間際のエンジニアが博士課程進学を選んだ「本当の理由」リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(2-1)(2/5 ページ)

» 2026年02月04日 15時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

一体なぜ? 「定年間際に博士課程へ」

 こんにちは、江端智一です。

 本日は、大手総合電機メーカーの研究開発グループに所属するシニアエンジニアのリアルと、そこから導かれる、『なぜ、江端が、大学院博士課程の進学』などという、訳の分からない選択をしたのか ―― 正直私も、いまだによく分かっていないのですが ―― 自分なりに分析した結果を語らせて頂きたいと思います。

 『とっとと入学手続きの場面に入らないか』と思われている方も多いかとは思いますが、“江端の連載は、導入部が長い”が通例となっています(主に“私のため”ではあるのですが)お付き合い頂ければ幸いです。

 では、なぜ私は、わざわざ定年間際になって、博士課程に入学するという選択をしたのでしょうか。理由は一つではありません。むしろ、いくつもの現実的で、あまり格好のつかない事情が同時にそろってしまった、というのが正確です。

(1)「半分は会社が金を出してくれるぜ」と、そそのかされた

 最初のきっかけは、実に軽いものでした。「博士課程?学費の半分は会社が金を出してくれるぜ」。そんなふうに雑談の延長のような形で、そそのかされたことです。

 これは、かなり魅力的な話でした。定年間際で、既に自分のやりたい研究ができなくなっていた私にとって、これは「悪魔のささやき」とも言えるフレーズでした(正直、やりたい研究ができなくなっていて、会社に対してストレスがあったことも否めません)。

 ただ同時に、「よく分からない」という感覚もありました。なぜ、会社が、定年が近い社員の学費をわざわざ負担するのか? これは、疑心暗鬼にさせるのに十分な内容でした。で、ちょっと調べてみたんですよ。

 どうやら、「その社員が博士号を取ること」そのものには、ほとんど期待していない、ということが分かってきました。会社側の本音を優先度順に上げると、『①大学との関係維持・強化(これが一番大きい)』ようです。大学との「人的パイプ」が維持され、共同研究・委託研究・補助金案件につながる、というのは、成長を運命的に義務付けられている企業にとっては、死活問題である、ということのようです。

 次に『②対外的な見え方(採用・PR・ブランド)』です。「博士号取得者を輩出している会社」というのは、(a)学会、(b)大学、(c)学生、(d)若手研究者に対して、かなり分かりやすいPR材料になりますが、そこが本命ではありません。

 重要なのは、「実際に、その博士が会社でどう使われるか」ではなく、「そういう制度が存在している会社かどうか」なのです。これは、特に、まだ夢が残っている学生や若手研究者の野心にドンピシャにヒットするんですよ(分からない方には、全然分からないかもしれませんが)。

 少し生々しい話ですが、『③研究費・人件費の“別勘定化”』というのも見逃せません。博士課程在籍中の社員は、(a)フルタイムの研究員としては扱われない、(b)しかし雇用関係は維持されるという、微妙な立場になります。これを会社側の視点に移せば、「人件費の扱い」「研究テーマの責任範囲」「成果責任」を、ある程度大学側に逃がせる状態になります。

 実際に、会社との誓約書には「現存の業務に1mmも支障を出さないこと」が条件として記載されています。大学での研究は、お前の時間 ーー 毎日の深夜、週末の土曜日、日曜日、GW、お盆、年末年始でやれ、という内容が透けて見えます。

 『④会社にとって「損をしにくい投資」』。半額負担、という点がミソです。「全額出さない」「途中で辞めても、損は限定的」「成果が出ればラッキー」「出なくても、大学との関係は残る」とまあ、会社にとってはリスクが非常に小さい投資です。私のような定年間際の社員であれば、昇進コースや長期人件費にも影響せず、「やらせてみて、ダメならそれまで」という判断がしやすいです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

特別協賛PR

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.