ここで筆者が最も大きな不安を感じたのは、シェアをめぐる戦いが激化しているということよりも、むしろMWC 2015において、スマートフォン市場の次なる大きな目玉の前兆が何も見られなかったという点だ。
Samsungは、Galaxy S6に全ての力を注ぎ込んだ。勢いを盛り返すべく、曲面ディスプレイ(実に素晴らしい成果だといえる)や、高速充電可能な新型バッテリ(優れてはいるが、絶対不可欠な要素ではない)、14nm SoC(一般ユーザーの興味は引かないだろう)などの搭載を実現している。
筆者は数年前、香港の地下鉄に乗車した時、若者たちがSamsungの大画面スマートフォンを使っているのを目にした。この時、これこそが市場をけん引する力になるのではないかと思った。Appleは、Samsungが最初に起こした“大画面スマートフォン”という波に乗る製品を実現するまでに、2世代を要している。その時のAppleの選択が、iPhone 6の売上高をけん引する要素となったのだ。しかしSamsungは今回、曲面ディスプレイを搭載したり、メニューをエッジ部分に表示するなどしたものの、これまでのような強烈な印象を与えるには至っていない。
スマートフォン市場は、現在も拡大の一途にある。しかし、その成長をけん引する要素が見当たらないという点が心配だ。グラフィックスの第一人者であるOculusのJohn Carmack氏は、米国サンフランシスコで3月2〜6日に開催された「Game Developer Conference(GDC)2015」において、「次なる大きな目玉となるのは、モバイルVR(仮想現実)だ。OculusはSamsungと、没入型VRヘッドマウントディスプレイ『Gear VR』を共同開発している」と述べている。実際、GDCの会場はVR関連のデモで活気に満ちあふれていた。だが、それが今後の売上高成長を示しているのかどうかは不明だ。
スマートフォン市場も、タブレット端末の場合と同様に、その成長をけん引する要素がないために今後伸び悩んでいくとなれば、それはエレクトロニクス業界にとっても難しい状況になるだろう。同業界にとってモバイル機器は、最も大きい市場の1つであり、技術革新をけん引する重要な要素の1つでもあるためだ。
こうした役割を担うことができる分野は、モバイル機器の他にはない。スマートウオッチやスマートグラス、VRヘッドセットなどのウェアラブル機器は、現在のところ、市場を模索している段階の“面白い試作品”に過ぎない。
SamsungがTSMCよりも先に14nm FinFETプロセス技術の開発を実現する上で、Samsungのエンジニアたちは多大な労力を費やしたに違いない。しかし衝撃的なのは、14nm FinFETプロセス技術開発が、とてつもない困難を伴う取り組みだったにもかかわらず、Samsungのスマートフォンにとって大きな差別化を実現できる要素にはならない可能性があるという点だ。業界では現在、新しいプロセス技術を適用したチップを搭載することが、技術的な取り組みの中で最も複雑かつ高コストだとされている。
MWC 2015で発信されたさまざまな情報から、エレクトロニクス業界という巨大な高速列車の今後の行く末が危惧される。現在、若手のソフトウェア開発者たちの多くがサンフランシスコ湾岸地帯に拠点を移していて、同地域の住宅価格が高騰していることから、バブル現象も発生し始めているようだ。
試作版のVRヘッドセットでも装着して、しばらくの間ぼんやりしてみようかと思う。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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