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» 2016年05月30日 11時30分 公開

人身事故に遭わない秘策は“都会に住むな”!?世界を「数字」で回してみよう(30) 人身事故(7/10 ページ)

[江端智一,EE Times Japan]

昭和30年代、驚くべき人身事故の実態

 では、ここでちょっと昔の傾向を見てみましょう。

 今回、たまたま私が見つけた ―― しかし、腰が抜けるほどビックリしたデータをご覧いただきたいと思います。

 今から58年前の1958年(昭和33年)、飛び込み自殺の件数は2222件でした。現在の実に4倍です。

 現在、自殺の中でも飛び込み自殺が占める割合は2〜3%程度ですが、昭和30〜40年あたりは、10%が飛び込み自殺だったのです。

 しかも、この時代の自殺者数をけん引していたのは、20歳代でした。1955年には、10万人中60人を超えるという、戦後最悪の値をたたき出しています(現在の日本は18.5人/10万人、韓国28.9人/10万人)。

 ―― 定刻通りに、電車を走らせることができたのか?

と思えるほどの、飛び込み自殺者数の多さです。

 そこで、昭和30年代の電車の運行状況の調査を開始したのですが、1960年(昭和35年、戦後15年後)のこの映像を見て、私は、調査を断念しました。

 そもそも、コンピュータなどない当時にあっては、運行管理システムなど存在する訳もなく、駅長が、電車の到着、出発、遅着を、集中指令室に電話で伝達し、そして、事故発生時には、駅長の判断で、増発や路線変更をしていたそうです。

 列車集中制御装置(CTC)などがなくても、当時の駅長たちは、自律的な判断に基づく、自律分散型の運行管理システムを実現していたのです。

 ポインタの切り替えも人力で行われており、東京、上野駅のポインタ切り替えの作業員は、工程表を見ながら秒単位で手動操作を行い、その超絶な技は、見る者を魅了したそうです。

 私は、『多分、ダイヤという考え方が、現在と根本的に違うのだろう』と理解しました。

 昭和30年代の運行状況であれば、私たちは、今のように人身事故によるダイヤの乱れに、いちいち腹を立てることはなかったのかもしれません。

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