後輩:「江端さんは、『認知症の内側』が分からないのが、怖いんですよね」
江端:「なんだ、私を安心させられるネタでもあるのか」
後輩:「認知症のことを覚えている男性の話なんですけどね。スマホで検索をしていたところ、奥さんに、突然、『何やっているの!』と怒鳴られて、それを取り上げられたのだそうです」
江端:「それで?」
後輩:「その男性、スマホじゃなくて、テレビのリモコンをスマホだと思い込んで、一生懸命ネット検索していたんだそうです」
江端:「……私を怖がらせてどうするんだ。しかも、全然ひとごととは思えない」
後輩:「私たちは、五感というセンサーと脳というコンピュータをフル回転させて、自分の世界を現実世界にリアルタイム同期させているんです。一度、同期が外れれば……」
江端:「(1)エネルギーが尽きるまで暴走する、(2)ゼロに収束する、(3)予測不能な振動する、の3つしかない。いずれにしても、いったん外れた同期が回復する可能性は絶無だ」
後輩:「『認知症の内側』とは、「現実世界」と離別した「自分の世界」です。これも考え方一つですよ。私たちは、既にネットの中でSNSやらゲームやらで、仮想世界の別の人格を使って生きることができるのですから、その同類のものと考えれば思えばいいんじゃないですか。まあ、かなり楽観的ですが」
江端:「じゃあ、あらかじめ心の準備をしておけばいいのかなぁ。私たちは「死の世界」の前に行く前に、ちょっと「自分の世界」に寄り道することがある。でもって、その世界は現実世界とは乖離(かいり)しているけど、まあそんなに怖がるな、って、そんな感じ?」
後輩:「現実世界側の住人にも歩み寄ってもらう必要ありそうですけどね。『リモコンと、スマホは、どちらもインタフェースだ』くらいのおおらかさで」
江端:「で、今回、どうだった?」
後輩:「至極まっとうな論理展開。これといった『毒』もなかったですね」
江端:「……」
後輩:「高齢労働者については、江端さん、抜けている視点がありますよ。どんな年齢であろうとも、ある特定の種類の人は働き続けているのですよ」
江端:「そうなの?」
後輩:「まず、創作系の人です。新しいコンセプトとかビジョンを提唱して回る人です。次に実装系の人です。何でもかたっぱしから作っていく人です。これらの人は基本的に個人で独走するのが好きです。江端さんはこのタイプに入るでしょう」
江端:「それで?」
後輩:「問題となるのは、実行系の人です。この人たちは、仕事の指示を受ければ、どんな仕事でも、完璧にこなします。問題なのは、これらの実行系は、チームが前提となることです」
江端:「それで?」
後輩:「チームとなれば、当然、いろいろな世代の人からなる混成チームになるでしょう。そして、リーダーが若手になるのは当然です。そして、高齢者の人は、若い人に命令されて働くことに慣れていません」
江端:「『プライド』のことを言っているのか?」
後輩:「『プライド』は問題の一部にすぎません。高齢者は、多くの失敗を重ねてきて、経験値も高い。リーダーの間違った指示が事前に簡単に『見えて』しまうんですよ。そして、リーダーは当然高齢者に対して気を遣います。そんな状況で、チームのパフォーマンスを発揮させることは難しいです」
江端:「なるほど」
後輩:「これは簡単な人口比率の問題です。約10人のチームがいるとすれば、その構成は70歳代が1人、60歳代が3人、40歳代が3人、30歳と20歳がそれぞれ1人ずつ、といった具合になるかと思います。40歳以上は”介護”にどっぷり使っていて、30歳代は不妊または婚活で悩んでいて、20歳代は何をすればいいのか分からない。加えてここに、外国人のメンバーが1〜2人ほど加わっているとします」
江端:「うん、それは間違いなく、現在の日本の人口比率と現状を反映した、典型的なチーム構成だ」
後輩:「さて、このチームを『1人の40歳のリーダー』が運営しなければならない、としましょう」
江端:「完全に"積ん"でいるな。"ムリゲー"だ。全てのワークが機能せずに、チームが自壊していく様子が目に見えるようだ」
後輩:「ところが、ビックリするくらい、今の日本の政治家、学者、経営者たちが、このチームのリアルを認識していないのです」
江端:「なるほど。私は人口比率というマクロで見たけど、ミクロから見ると、労働現場の問題がより鮮明になるな」
後輩:「結論は、江端さんと一緒ですよ。政府の「働き方改革」の内容って、現実に即した真面目な検討になっているのか、です。「高齢者の働き方」は、冗談抜きに、喫緊の課題のはずなのですけどね」
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江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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