江端:「『三角関数不要論』が時々登場してくるけど、どう思う?」
後輩:「え? そりゃ決まっていますよ。『ばかじゃねーの』で終わりですよ。三角関数なしに、どうやって世界を理解するんだ? ばかか、お前? ですよ」
江端:「まあ、気持ちは分かるけど。私も、我が国の数学力の低下に最大限の貢献をした作家夫婦に対して、最大級の罵倒を繰り返しているしね」
後輩:「私たちは、古文や漢文や、さらにはその作家夫婦の作品が『不要』などとは、言っていません ―― そう思っていても口にしません。私は、どんな勉強にも意義があるとは思っていますから」
江端:「本当に、『人類は、数学と相性が悪い』と実感させられる。だが、まあ今日は、その話は止めておこう。我が国は文系国家だ。いらん敵を作るのは避けたい」
後輩:「江端さんの今回のコラムで、リカレント教育において、"IT"と"英語"が最重視されていることが分かったじゃないですか。"英語"はともかくとして"IT"は"数学"の知識なしには成立しないのではありませんか?」
江端:「それを言うのであれば、文部科学省が押し進める『プログラミング教育』も、かなり謎なんだよなぁ。プログラミング教育の目的は、『プログラミング的思考』の育成(参考)なのだそうだ」
後輩:「何ですか、その『プログラミング的思考』って?」
江端:「文部科学省によれば『プログラミング教育はコーティングを覚えることが目的ではなく』『プログラミングは"論理的に考える力"を学ぶ方法の一つ』で、『プログラミング的思考』とは『論理的に考える力』なんだそうだ」
後輩:「……は? 『論理的に考える力』を養うのであれば、『論理的に考えさせる方法』そのものを教えればいいんですよ ―― というか、そもそも"それ"が『数学』じゃないですか?」
江端:「数学が"それ"かどうはさておき、"数学"がダメだから、"プログラミング"で、と考えているのであれば、おめでたいにも程がある」
後輩:「プログラミングを日常的に行っている江端さんや私が、『論理的に考える人間』ですか? ―― 笑わせないでください。私たちは、プログラムを期待通りに動かすためなら、ロジック(論理)なんぞ平気で踏みにじってきましたよね。ネットに落ちている他の人のプログラムをパクって組み込むし、他人の作った関数ライブラリは、その中身のロジックを全く気にせずに使っています」
江端:「それもそうなんだが、それ以上に、私は、このプログラミング教育によって、我が国の貧弱なITリテラシーに、最後の一撃が喰らわされるのではないかと、真剣に心配しているんだ(著者のブログ)」
後輩:「論理的思考を養うというのであれば、ディベート教育なんかは、有効と思いますが」
江端:「ああ、ありゃだめだ」
後輩:「即答ですね。なぜですか」
江端:「ディベート教育は、『我が国の美しい意思決定方法』にヒビを入れかねないからだよ。我が国は、KY(空気を読めない)を忌避し、議論を排除し、皆と認識や行動を合わせることこそが、もっとも清く正しく美しい、とされている国だから」
後輩:「なるほど。国民の大半が『数学』を憎悪し、『ディベート教育』を実施できない国家の選んだ、最後の手段が『プログラミング教育』ということですね」
江端:「その認識で正しいと思う。付け加えるのであれば、ほぼ確実に『プログラミング教育』もコケる。その点は賭けてもいい」
⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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