後輩:「”総括”というのであれば、『なぜ、このようなコラムを3年間も続けることができたか』ということか、です」
江端:「それは、最後の部分に書いた通り、暴走した3人の……いや、『後輩』を入れれば、4人の共同正犯によるものだろう?」
後輩:「江端さん。立ち位置を忘れていますよ。このコラム、単なる新型コロナウイスルに関する技術や統計の話だけでなく、高度な政治的メッセージが含まれています。全体を俯瞰して見れば、このコラムは、政府の方針を、医学的または技術的観点から”サポート”する内容になっていたと思います」
江端:「いや、私たちは、権力サイドからの干渉を受けることなく ―― というか、存在すら知られていない感じだったけど ―― 自分たちで調べたデータや論文、あるいは自分たちのシミュレーション計算だけで、コラムを書いていただけだよ」
後輩:「”それ”です」
江端:「はい?」
後輩:「シバタ先生や江端さんのやってきたことは、内閣の新型コロナウイルスの症対策推進室がやってきたアプローチと、全く同じことをやってきたのです。だから、結果として、このコラムの内容は、図らずも、政府の政策と同じ方向を向くことになったのです」
江端:「えーーー、そうかなぁ? それなら、政府から情報提供とか支援とか圧力とか、そういうものを含めて、私たちにアプローチがあってもよさそうなのに。EE Times Japan編集部にも、そのような外圧はなかったと思うぞ」
後輩:「どうして、そう言い切れるのですか?」
江端:「だって、EE Times Japan編集部、私たちの原稿に、全く手を入れずに”通し”てくれたから。うん、このシリーズに関しては、ページ構成を整えて、高度に専門的な内容を付録に回す、などの面倒な編集作業に徹してもらって、基本的には、1行も内容変更はなかったと思う」
後輩:「とすれば、このEE Times Japanというメディアの特殊性ですかねえ。そもそも、半導体、デバイス、組み込み系技術のサイトに、なんで『新型コロナ関連コラム』なんですか?」
江端:「それを言うと、『英語に愛されない』だの、『お金に愛されない』だののコラムを掲載している、私の存在意義が問われてしまうのだけど……」
後輩: 「だからこその、立ち位置です。技術系メディアで、新型コロナウイスルについて熱く語っている、シバタ先生と江端さんは、いわば、『雑居ビルの裏口通路で、缶チューハイを仰ぎながら、愚痴を言いあっている理系オヤジ』です」
江端:「……」
後輩:「ですが、この立ち位置を確保できたからこそ、権力やメディアからの干渉を受けることなく、このコラムを続けることができたんですよ ―― 江端さん。この驚くほどの幸運に、気がついていましたか?」
江端:「……気がついていなかった。確かに、大手メディアで掲載されていれば、こんな自由に執筆できなかったかもしれない。訳の分からない炎上フレームや、権力や各種の団体からの圧力で、心が折られていたかもしれない」
後輩:「しかも、EE Times Japanの読者が、エンジニアの中でも、特に厳密な数字とデータを扱う、特殊なデバイス系エンジニアである、ということも大きな要因でした。数字やデータを読まない/読めない大半の日本人には、このコラムの最後のページにたどりつくことはできません ―― 本文の『江端、ちょっと落ちつけ!』は、今回の総括の”至言”といっても過言ではありません」
江端:「褒められているのか、貶(おとし)められているのか……」
後輩:「何を言っているんですか、江端さん。”大絶賛”ですよ。仮に今回のコラムが”今”の人々の心に届かなかったとしても、シバタ先生と江端さんが、与えられた状況から導き出した計算やシミュレーション、そしてその結論や、そしてこの総括が、”100年後の人々”に与えるであろう利益を考えてみてください」
江端:「なんで、”100年後”?」
後輩:「スペイン風邪から100年後の今、こういう見解が出てきたからです。そして、この見解は今回の新型コロナ対策に重大な方針を与えました ―― 例えば、今回、江端さんの作成した年表の2021年の数回もの『緊急事態宣言の発令と延長』です。政府が、あのような、日本国の経済活動を死に追いやりかねない決断ができたのは、100年前のスペイン風邪のデータが残されていたからです」
江端:「そうか、シバタ先生と私の執筆の日々は、100年後に向かって飛んでいく”矢”のようなものだったのか……」
後輩:「加えて、この一連のコラムは、単なる数値データやシミュレーションや最新のワクチン技術の内容に留まることなく、コラム執筆時の、世間の切迫感、あせり、苦悩、特に、マスク推進派/否定派とワクチン推進派/否定派に関する、憎悪や誹謗中傷に関して、その全体像を理性的にまとめた宝珠のレポートと言えます ―― このコラムは貴重な歴史的資料なんですよ? その自覚あります?」
江端:「おお……そうなのか。そうなるといいな、と、今、切実に思っているよ」
後輩:「それにつけても、私、最近思うのですが、この地獄の3年間、ほんの数カ月前に、一応の完了の形を取っているとはいえ ―― 世間の『地獄の3年間』を忘れる早さに、愕然(がくぜん)としていますよ」
江端:「ああ、それ、分かる」
後輩:「なんで、街中、あんなに人で溢れているんですか? 私たちは、あのろくでもない3年間のリターンとして、『リモートワーク/リモート学習』というシステムを構築し、運用し、それ以前と同程度、またはそれ以上の生産性が上げられることを確認できたんじゃないんですか? ―― なんで、完全に3年前の元の社会に戻ろうとするんですか?私たちは、矯正不能なバカなんですか?」
江端:「それを合理的に説明できるとは思えないけど ―― 『この3年間は、”なかったことにする”』という解釈しか取り得ないなぁ。『喉元(のどもと)過ぎれば、熱さ忘れる』を、地で行っている、という感じかなぁ」
後輩:「いやいや、江端さん。1日25万人の新規感染者、1日2千人の新規重篤患者、そして、総計7万5千人を殺害したこの災禍を ―― “なかったことにする”? いや、それはありえないでしょう。仮にそうだとしても、この3年間で構築した『新しい働き方/学び方』まで”なかったこと”にする必要がありますか?」
江端:「悪いのだけど、私も本当に分からないんだ ―― というか、私”だからこそ”、分からないのかもしれないけど」
後輩:「まあ、私、最近思うのですが、私たちは、過去を99%忘れることができるからこそ、生きていけるかもしれないですね。過去の災禍を忘れることは、私たちの生存に組み込まれた機能の一つかもしれません」
江端:「まあね。私たちは、直接の当事者でなければ、いろいろなことを忘れていくだろう。東日本大震災も、福島原発事故も、広島と長崎原爆投下も、そして太平洋戦争すら忘れていくだろう。そして多分、これから、同じ悲劇を、何度も何度も繰り返していくのだろう」
後輩:「……」
江端:「私たちにできることは、『自分が生きている間だけは、同じことを繰り返さない』が、精いっぱいだ。正直、それすらも怪しい、と思うことがあるけどね」
後輩:「だからこそ、この連載コラムには意義があったのですよ。これは、”今”の私たちのためのコラムではありません ―― この連載コラムは、100年後に向って放たれた”矢”なのです」
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