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「日本のコロナ史」を総括する 〜5類移行後の答え合わせ世界を「数字」で回してみよう(70)番外編(7/11 ページ)

» 2023年11月21日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

PCR検査、抗原検査キット、抗体検査の現在地

 過去の記事にも書いた通り、PCR検査および抗原検査キットの感度は、結局のところ検体に含まれるウイルス量に依存します参照)。

 適切な時期に、適切な検体採取を行い、適切に操作すれば、検査の感度は相当に高いですが、見逃しがゼロにはなりません。

 基本再生産数が麻疹(はしか)と同等以上と推定される新型コロナ感染症のような疾患において「ゼロコロナ」を目指すためには、「見逃し症例ゼロ」=「感度100%」が検査に求められますが、あの中国でさえもその条件を満たせませんでした。

 軽症や無症状症例で偽陰性(見逃し)が増えることは、たとえ共産党一党独裁でも覆せない事実でした。最初は都市封鎖と全例PCR検査という荒技を用いて、世界の予想を覆して短期間に感染者数を(報道上は)ゼロに押さえ込むことに成功した中国ですが、その後、感染力を増していった変異株の出現により、最終的には中国もウィズ新型コロナへと政策転換することになったのは記憶に新しいところです。

 それでは、PCR検査または抗原検査は、新型コロナ感染者をどの程度見つけ出すことができていたでしょうか。この問いに答えるためには、(1)抗体検査と(2)超過死亡の、少なくとも2つの方法論があります

 (1)の抗体検査は、「新型コロナに対する抗体のうち、スパイクタンパク以外に対する抗体(抗N抗体)を保有しているかどうか」を調べています。ワクチンではスパイクタンパクに対する抗体だけが作られます

[江端コメント]:つまり新型コロナワクチンが作った抗体は、「イボイボ」以外の部分については、無反応である、ということです。

 ところが、不運にも新型コロナに感染してしまえば、スパイクタンパクだけで無く、新型コロナ全体に対して(抗N抗体を含む)抗体が作られます。ですので、抗体検査によって「過去に新型コロナウイルスに感染したかどうか」が明らかになります。これまでの抗体検査の結果は、2022年11月時点では全国で28.6%、2023年5月時点では全国で42.8%(速報値)という結果でした(参照)。

 ですので、推定される総感染者数は1億2570万人×42.8%=5380万人となります。感染後の時間経過によって抗体は徐々に減少し、時に陰性化しますので、この数字は恐らく最低ラインであり、実際の感染者はこれより多いと予測されます

[江端コメント]:つまり、ざっくり国民の半数が、既に新型コロナに感染済み、ということです。

 これに対し、5月までの累積の新型コロナウイルス感染者数(全数把握の総数)は、3380万人(参照)でした。差である2000万人が見逃されている計算になります

 検査陽性者数は累積であるため、2回陽性、3回陽性も3380万人の中に含まれています。また、抗N抗体が陰性化してしまった既感染者の存在を考慮すれば、見逃し症例はさらに多い計算になります。

 では、重症例、死亡症例においては、PCRや抗原検査での見逃しは無かったと言えるのでしょうか。この問いについては(2)の超過死亡を用いて考えてみたいと思います。

 死亡数だけは、死亡届により厳密な数字が統計に計上されます。この死亡統計の死因について、例年の死亡数との差である超過(もしくは過小)死亡数が、統計上の新型コロナ関連死亡数を比較した時に、妥当な結果であれば「重症例の新型コロナ感染者の見逃しはほとんどゼロであった」と言えると思います。

 超過死亡については厚生労働省の資料のP80-98を参考にしています。詳細については(こちらのダッシュボード)が参考になると思います。結果としては、ざっくりと、「2021年後半から2022年末にかけての超過死亡=新型コロナウイルスによる死亡超過+呼吸器疾患による死亡超過+心疾患による死亡超過+老衰による死亡超過」でした。

 第6波、第7波の裏で、新型コロナ以外の呼吸器感染症、心疾患、老衰が予測される死亡数よりも多い傾向が存在していた、ということになります。2020年前半に過小死亡状態が連続しましたので、その揺り戻しのような気もしますが、原因についてハッキリとした言及や推論はありませんでした。

 超過死亡は、本来なら玄人がいじらないと間違った結論を出しがちな、扱いがとても難しい数字です。その点に目をつむり、あえて仮説を立ててみます

仮説(1)「心疾患、呼吸器疾患、老衰の超過死亡を差し引きすれば数字の帳尻は合う。原因不明の超過死亡は無かった。めでたし、めでたし。

江端命名:“新型コロナ”による波及死ゼロ仮説

仮説(2)「国民の42.8%が新型コロナに感染していた。その負荷もしくはLong COVIDが心疾患、呼吸器疾患、老衰の超過死亡を発生させていた可能性は否定できない。すなわち、新型コロナによる死亡は過小評価されているのではないだろうか?

江端命名:“新型コロナ”による波及死発生仮説

仮説(3)「いやいや、国民の8割超にワクチンを接種した影響が心疾患、呼吸器疾患、老衰の超過死亡を発生させた可能性を否定する文献は無い。その根拠なくワクチンは安全であると言い続けて良いのか?

江端命名:“ワクチン接種”による間接的死亡増加仮説

仮説(4)「統計学者の論理的見解によって、新型コロナに関係ない上記よりもっと明快な解答があるだろう。もう少し待ちましょう。

江端命名:「今は分からん」説

 きっと他にもたくさんの仮説があると思いますが、ざっくり上記の4パターンを挙げました。

 ちなみに循環器疾患は、新型コロナ以前にも超過死亡があったり、2021年には過小死亡状態だったり、例年の算出自体が、高齢化や年齢調整が入っていて基本的に右肩上がりにする必要があったりと、計算式や係数の設定自体が統計学者の腕の見せ所、みたいなところがあります。

 なにせ、死亡数の統計とは異なり、超過死亡の算出方法には世界で統一された公式は無いのです。超過死亡の国際比較は、Nature誌に掲載された論文ですらツッコミが入ると聞きます。

 総括として、PCR検査、抗原検査キット、抗体検査、超過死亡は、有用な情報を提示してくれる反面、背景には複雑な要因が予測され、現段階においても明快な解釈が困難と感じました。これらの数字を引用して単純な結論を提示する論調には、慎重な姿勢で臨んだ方が良いと思います。

感染シミュレーション(最悪値)を、今の時点からどう評価すべきか

 最初のレポートで計算した予測死亡数(最悪値)は、結果としては、大ハズレでした。大変にめでたいことです。政府は、最初期に関連各所から提示された最悪値が回避された事実については、誇って良いと思います。

 基本的感染防御の徹底や行動制限などの介入を行わなかった場合に、果たして本当に最悪値に近い死亡数が発生したのかは、誰にも分かりません。しかし、療養型病院で発生したクラスター、コラムでも取り上げた豪華客船など、閉鎖集団での感染率、死亡率の情報からは、局所において指数関数的感染拡大が起こりうることが世界中で実際に観察されました。

[江端コメント]:つまりシミュレーションの根拠となるパラメータ(数値)は、この時点で、ガッツリ確保できていた、ということです(これ、ものすごく重要です。ちなみに江端は、マルチエージェントシミュレーターの研究員です)

 新型コロナ感染症は、免疫が存在しない伝染病の爆発的感染が、症例の全数把握でもって世界規模で観測された、希有(けう)な事例です。全数把握によって、行動変容の強制と実効再生産数の変動がリンクしている様子がリアルタイムにニュースで報道されました。

 これらより、「最悪値のシミュレーションは、実際に起こり得た数値であった」と総括してもよいと個人的には考えています。

 例えば200年前、予防接種も原始的で、医学も未発達、疫学という学問がまだ存在しない時代、SNSもインターネットも無い時代にこのウイルスが出現していたら、恐らくはシミュレーションの最悪値に迫る死亡数が観察されただろうと、私は信じています。

[江端コメント]: 力強く、同意します。

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