メディア

「日本のコロナ史」を総括する 〜5類移行後の答え合わせ世界を「数字」で回してみよう(70)番外編(9/11 ページ)

» 2023年11月21日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

強制接種を実施しなかった政府方針に間違いはなかったか。今後も同じような対応になるのか、あるいは変化していくのか

 今考えれば、よくもまあ任意接種で8割超の人に接種していただけたものだ、と皆さまのご協力に頭の下がる思いです。当時の自分を思い出してみると、医学研究の場で実際に扱ったことのある物質でしたし、画期的な技術でしたし、なんだかんだ言って臨床試験は通過した後で、海外が先に使用開始していましたので、個人的にはちょっとウキウキしながら1回目の接種を終えた記憶があります(その翌日には思いのほか強い副反応でグッタリしていましたが)。

[江端コメント]: 私も『ワクチン接種が待ち遠しい』と思っていた一人です(関連記事:「「それでもコロナワクチンは怖い」という方と一緒に考えたい、11の臨床課題」)。

 このような特殊例とは違い、当初、mRNAワクチンは一般の人にとって未知の物体でした。当然、怖いと思ったでしょうし、それが当然だったと思います。高齢者の優先接種が混乱せずスタートしたのは、

(1)医療関係者を優先接種として人柱とし、「医者も看護師も打ってるんだよ??」と一般人を背水の陣に追い込んだことと、
(2)デルタ株以前には高齢者における重症化率、致死率がまだ高かったこと、また、
(3)当初ワクチンが品薄だった事による希少価値、そして
(4)日本人特有の同調圧力などが協働した結果

かな、と考えています。

 上記、「医療従事者人柱作戦」と「希少価値演出作戦」がもしも政府の演出であれば、政府は強権を発動せずに強制接種の効果を実現したことになります。ワクチン推進派の医療従事者としては結果論として喜ばしいことでした。

 発生当初は、致死率を下げるためになりふり構っていられませんでしたので、当時の世論がワクチン拒否に傾いていれば、その時点において、与党は政権を賭けて強制接種を考えた、かもしれません

 幸いなことに、致死率はデルタ株の後から急減しました。また、基本および実行再生産数の上昇によって集団免疫による流行の永続的収束が不可能ということを、過去に数字でお示しさせていただきました(関連記事:「あの医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる13の考察”」)。

 実効再生産数Rtとワクチンの有効率や中和抗体の保持期間を考えると、たとえ小児を含む日本人の100%がワクチンを接種しても集団免疫は成立せず、周期的な流行が発生することがほぼ確実です。この2つの事実から、新型コロナ流行の途中から条件が変化し、強制接種を検討する要件そのものが消滅した、と考えています。

 さて、新型コロナに限らず、ウイルス疾患のパンデミックはこれまでに何度も発生してきました。今後もSARS、MERS、COVID-19に続いて100年以内に次の新型コロナ(COVID-20XX?)が現れる可能性はそれなりにありますし、新型インフルエンザが猛威をふるうことはもっと確定的な未来です。この未来に備えて、インフルエンザ亜型20種全ての抗原を詰め込んだ超多価mRNAワクチンが試作され、既に動物実験によって有効性の証明が成功しています参照)。

[江端コメント]: 現在、インフルエンザワクチンは、流行する”型”を予測して、半年も前から製造すると聞いていますので(要するに、博打(ばくち))、これ(超多価mRNAワクチン)は福音と言えるのではないでしょうか?

 予測される未来では、恐らくは数年から数十年内には新型インフルエンザが発生し、再びワクチン争奪戦が発生します。ただし、既存のインフルエンザと同程度の飛沫感染力であれば、マスクを含む基本的感染防御の徹底、行動制限を含む緊急事態宣言の適宜発令によってその流行を押さえ込むことができることが、2020年、2021年のインフルエンザ流行消滅事例によって、証明されています。これは、新型コロナが副次的に示した壮大な社会実験の成果と言えます

 未来の新型インフルエンザの最大死亡数予測は、これまで、当初の新型コロナと同規模(参考)の死者最大64万人と予測されていました

 新型コロナ経験後である現在、私の印象では新型インフルエンザは有効なワクチンを十分に供給するまでの期間(恐らくワクチンの設計、臨床試験、大量生産をあわせて1年程度)を適切な行動制限で乗り切れば、死亡数は新型コロナの水準で抑えられるはず、と信じています。

 実際問題として、最近、鳥インフルエンザが哺乳動物の間で流行し始めている事実があります(参考)。まあ、これまでも鳥インフルエンザのヒト感染は地味に数年ごとに報告されていましたし、哺乳類への感染も初の報告、というわけでもないのですが、やや気になる傾向ではあります。

 未来の新型インフルエンザもしくはその他のパンデミックにおいてワクチンを強制接種とするか、任意接種とするか。致死率と流行の程度次第ではありますが、個人個人の理性による判断(同調圧力ではなく)によって、任意接種が選択されると良いな、と思っています(マイナンバー管理によって強制接種へのハードルは下がっているはずですが)。

総括の総括

 「世界を数字で回してみよう」からのお付き合いで江端さんとこのシリーズを執筆させていただき、はや3年。ようやく総括にたどり着きました。執筆当時の私のスタンスは「論拠は可能な限り示し、最終的な判断は読者に託し、正解は未来に預ける」というものでした。

 呼吸器感染症が専門ではない私がよりどころとしたのは主には国立感染症研究所の各種レポート、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード、世界の科学論文などです。そして、幸いにして現在までに、提示した論拠を大きく揺るがす事態は発生していないようです。

 それでは、まとめです。

【1】新型コロナ感染症の流行は、免疫が存在しないウイルス性疾患の爆発的感染が、症例の全数把握でもって観測された、希有な事例であった

【2】実効再生産数の概念がニュースで取り上げられ、行動制限よって社会的に流行をコントロールするなど、数理モデルが感染数に関連する状況を市民レベルにまで浸透させた

【3】マスクの着用は実効再生産数を下げる効果があった。特に、流行初期においてはその効果は重要であった。

【4】皆様の行動制限への協力のおかげで、極端な医療崩壊は避けることができた。

【5】ワクチンの開発、ウイルスの進化の偶然の方向性により、脅威度は低下した。ただし、新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、その進化(変異蓄積)速度を現在まで一貫して保ち続けている。
 現在、基本再生産数は麻疹(はしか)と同等以上と推定され、免疫逃避への進化と併せて根絶への期待は非現実的な状況になった。進化の方向性が病原性・毒性の変化を生じさせる余地はまだあり、予断を許さない状況である

【6】現時点での脅威度としては、下がりきらない高齢者の死亡率、小児の急性脳症の増加、Long COVIDと総称される後遺症などから、現状ではまだ「新型コロナ≧インフルエンザ>普通の風邪」と(勝手に)ランク付けする

【7】数年から数十年以内に予測される新型インフルエンザパンデミックでは、今回の知見が活用され、基本的感染防御の徹底と計画的行動制限、mRNAワクチンの迅速な供給によって、予測最大死亡数を大幅に下回る形で収束するだろう、と希望的に予測する


 このシリーズで取り上げた話題は一般の視点ではなく、江端さんが感じた疑問や、そのとき医師間で出た話題、話題になった文献などから構成されており、大衆ウケを無視して医療関係者サイド、エンジニアサイドから好き勝手にテーマを選び書かせていただいたものです。

 知って良かった情報、知らなくても良かった情報、読者の皆さんに戸惑いやご不快を与えてしまった可能性もあったかと思います。また、毎度の長文にお付き合いいただいた江端さんおよび編集の村尾さんには、この場を借りて感謝を申し上げます。

 このシリーズは総括となりましたが、厚労省および国立感染症研究所は、現在も統計データや各種報告、レポートを更新、提示し続けています。それが彼らの仕事であると言ってしまえばそれまでなのですが、論文という形での抽出されたデータではなく、網羅的かつほぼリアルタイムに実数が更新され続けるその仕事は本当に貴重なものです。

 欲を言えば、政治家にも新型コロナ政策についての総括を行っていただきたいところです。しかし、最低限、彼らの仕事の予算を削らないこと約束していただければ、それ以上はシバタからは求めません。どうかデータの蓄積について、邪魔をしないで予算の継続性を認めて欲しいと思います。

シバタレポート 以上

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.