「第2次トランプ政権」と「DeepSeek」以前から、各国/地域は自前の半導体製造能力を増強する動きを活発化させていた。その結果、世界全体のウエハーキャパシティーは、2025年には月産1120万枚と予測されていたが、実際には5%増加し1176万枚となった。また、2030年には1510万枚と予測されていたキャパシティーが5〜8%増加して、1585万〜1630万枚に達すると推測されている(図14)。
では、「第2次トランプ政権」と「DeepSeek」は、こうした各国/地域の半導体製造能力の向上にどのような影響を与えるのだろうか。
まず、DeepSeekについては「蒸留」という手法を用いることにより、OpenAIのChatGPTと比較して短期間かつ低コストで大規模言語モデル(Large Language Model、LLM)を開発できることを示した(不正疑惑があるが、本稿では深入りしない)。
「蒸留」を行うには、例えばOpenAIの「GPT-4」のように、高精度かつコストの高い教師役のLLMが必要となる。従って、DeepSeekの登場が高価なNVIDIAのGPUなどのAI半導体需要低下につながることはない。むしろ、第2、第3のDeepSeekが現れるため、生徒役のLLMを開発するためのAI半導体の需要が増大すると考えられる。その結果、2030年における世界の半導体需要の増大率は、5〜8%よりも大きくなると考えられる。
では、第2次トランプ政権の影響はどうなのか?
第2次トランプ政権が自動車に加え、半導体にも関税を課すかどうかは現時点では不明である。しかし、例えば米国向けの半導体出荷額が約70%以上を占めるTSMCは、いつ関税が課されても対応できるよう、米国内に次々と半導体工場を建設している。現時点で確認されている情報によれば、アリゾナ州には前工程用が6工場、先端後工程用が2工場設置される予定で、総投資額は1650億ドルに上る。
一方、米国からの制裁により先端半導体の生産が難しくなっている中国では、28nm以降の成熟ノードにシフトする動きが見られる。これまでのウエハー需要の分析によれば、成熟ノードのLogic分野はその規模が大きく、成長率も高い。このため、中国の半導体産業は、世界全体の成熟Logicのウエハー需要を大きく増加させる可能性がある。
さらに、欧州や日本を含むアジア各国でも自国・地域内での半導体製造能力を増強しようとしており、この動きは今後ますます活発化することが予想される。
要するに、米国、中国、欧州、そしてアジア各国で、半導体の地産地消を目指す動きが進んでいる。しかし、これは必ずしも健全な動向とは言えない。というのは、製造装置や材料は各国・地域で完結して調達できるわけではなく、設計、前工程、後工程についても、各国・地域で完結するわけではないからだ。
などといっても、世界中で進行している半導体の地産地消化の動きは止まりそうにない。そうなると、2025年から2035年にかけて、世界全体のウエハー需要はどのくらい増加するのだろうか?
以下では、4つのシナリオを想定し、2025年、2030年、2035年における世界のウエハー需要を算出した(図15)。
【シナリオA】
このシナリオは、図13に示された中で最も成長率が低いケースである。それでも、2025年のウエハー需要を月産1120万枚とし、以降、毎年月産78万枚ずつ増加すると仮定した場合、2035年には約1.7倍の月産1900万枚に達する。
【シナリオB】
これは図13において、最も成長率が高いとされるシナリオである。2025年のウエハー需要を月産1120万枚とし、以降、毎年月産86.5万枚ずつ増加すると仮定した場合、2035年には約1.8倍の月産1985万枚となる。
【シナリオC】
2025年のウエハー需要を月産1120万枚とし、毎年月産100万枚ずつ増加すると仮定したケースである。この場合、2035年には約1.9倍の月産2120万枚に達する。
【シナリオD】
2025年のウエハー需要を月産1120万枚とし、毎年月産150万枚ずつ増加すると仮定したケースである。この場合、2035年には約2.3倍の月産2620万枚となる。
さすがに、2035年のウエハー需要が2025年比で2.3倍となるシナリオDは、現実的とは言い難い。しかし、実際のウエハー需要は、ASMLが想定した最も成長率が高いシナリオBを上回り、筆者が想定したシナリオCに近づくのではないだろうか。つまり、2035年の世界のウエハー需要は2025年の約2倍となり、月産2000万枚を超える可能性が高いと考えられる。
本稿では、「ASML Investor Day」で公開されたスライドのデータを基に、2035年までの各種半導体市場とウエハー需要の予測を行った。全力で分析を試みたが、果たしてこの予測はどの程度的中するのだろうか?
まず注目すべきは、第2次トランプ政権が半導体に関税を課すかどうかである。この一点だけでも、予測は大きく変わってしまう可能性があるからだ。半導体市場は、これまでよりも格段に予測しにくくなっている。
なお、本稿は、トランプ大統領が世界各国・地域すべてに相互関税を課すと演説した4月2日以前に書いたものである。トランプ政権による相互関税は、世界経済を破滅させ、自由貿易を完全にターミネートしてしまう危険性があり、現在世界中がパニック状態に陥っている。このトランプ関税は、半導体産業にも甚大な影響をもたらすことは間違いないが、ゲラ修正時点では、情報不足により、具体的にどのような影響が出るのかが分からない。本件については、次回以降の記事で詳述したい。
2025年5月15日(木)13:00〜16:30、サイエンス&テクノロジーのセミナーを行います。タイトルを急遽変更し、『破壊的なトランプ関税とDeepSeekショックに震撼する世界半導体産業への羅針盤−半導体産業を含む世界経済と自由貿易の終焉ー』です。副タイトル、要旨、目次も修正します。詳細はこちらをご参照ください。
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.