PCが製品化された当初、PCを単独で使うのが一般的な利用方法だったが、その後PCはネットワークに接続して使うコミュニケーションデバイスへと変革した。テレビやデジタル家電も、同じ道をたどる。宅内ネットワークの業界団体「MoCA」向けLSIを手掛けるEntropic CommunicationのPresident兼CEOのPatrick Henry氏はこう語る。
音楽や映像といったマルチメディアコンテンツを、宅内にあるさまざまな機器間で自由にやりとりする「ホームネットワーク」――。昔から、さまざまな団体や企業がホームネットワークの実現に向けた活動を進めてきたが、少なくとも日本では成功を納めていない状況だ。ただ将来を見通すと、大きな可能性を秘めた市場と言えそうだ。
日本国内の流れを振り返ると、例えば高速電力線通信(PLC)が解禁された2006年ころ、マルチメディアコンテンツを電力線でやりとりしようという機運が高まった。CEATECといった展示会では、PLC用チップを手掛ける企業や、対応機器の開発を進める企業が、ホームネットワークを意識したデモを披露していた。ただ、現在の状況はというと、幾つかの高速PLCアダプターが製品化されているものの、ホームネットワークの用途で普及しているとは言い難い。
ホームネットワークを狙った業界団体の乱立が、普及を阻んでいるという指摘もある。データをやりとりする通信媒体として電力線や同軸ケーブル、電話線といった有線を想定した代表的な業界団体を挙げただけでも、「HD-PLC Alliance」や、「HomePlug Powerline Alliance」、「High-Definition Audio-Video Network Alliance(HANA)」、「Home Phoneline Networking Alliance(HomePNA)」、「Multimedia Over Coax Alliance(MoCA)」と、多様だ。ITU-T(国際電気通信連合標準化部門)の場で、有線を使ったホームネットワーク向け統一規格「G.hn」の策定が進められているが、この規格がすんなりと市場に受け入れられるか、見通しははっきりしない。
現在のところまだ導入が広がっていないホームネットワーク市場だが、Entropic CommunicationのPresident兼CEOのPatrick Henry氏(図1)は、「ホームネットワークに新たな波が到来しつつある」と語る。同社は、同軸ケーブルを利用した家庭内ネットワークの業界団体であるMoCA向けの通信制御LSIを開発しているファブレスの半導体企業である。
Patrick Henry氏が引き合いに出すのが、PCの歴史だ。PCが製品化された当初、PCを単独で使うのが一般的な利用方法だった。ところが現在、ほとんどのPCはネットワークに接続して使っている。コミュニケーションデバイスに変化したPCを使い、利用者はデータをやりとりしたり、音楽や映像を共有したり、ソーシャルネットワークサービスを楽しんだりといった、さまざまな恩恵を受けているのは誰もが認めることだろう。
これと同じ変革がテレビやデジタル家電にも訪れるというのが、同氏の主張である。「現在、テレビは映像を楽しむエンターテインメントデバイスとして単独で使うのが一般的だ。しかし、テレビやさまざまなデジタル家電がPCのように互いに接続されることで、テレビを通した電話システムや、IPベースの映像配信サービスといったさまざまなアプリケーションサービスが、スパイラル状に次々と生まれるだろう」(同氏)。
宅内のテレビやデジタル家電(例えば、デジタルビデオレコーダ)の米国における利用シーンは、ここ数年変化してきた(図2)。同氏の説明によれば、デジタルビデオレコーダの普及という「第1の波」の後、2010年ころから複数のデジタルビデオレコーダを1つの家庭で使う「第2の波」が来た。次に2012年ころから到来する大きな変化が、インターネット接続機能を備えた民生機器を使い、IPベースでデータをやりとりするホームネットワークの導入が始まる「第3の波」だという。
同氏がホームネットワークの市場に新たな機運が盛り上がると考える背景には、ホームネットワークを取り巻く市場環境の変化である。具体的には、HD映像の普及やインターネット接続機能を有する民生機器が増えてきたこと、光ファイバーを使った映像配信サービスや3Dテレビの登場などを挙げた。
Entropic Communicationは、ホームネットワークを実現する通信技術として、MoCAとWi-Fiを提案している(関連記事)。MoCA規格に準拠した通信方式には、「安定したデータ伝送、高いセキュリティ性、高い伝送速度が得られるという特徴がある。宅内の各部屋に映像を配信するバックボーン通信にはMoCA通信、デジタル家電から携帯型機器へのデータ伝送はWi-Fiが最適な組み合わせだ」(Patrick Henry氏)と主張する。
MoCAの最新規格である「MoCA 2.0」では、100MHz幅の周波数帯域を使って最大1Gビット/秒の伝送速度を実現する。MoCA 1.1に比べて2倍の伝送速度に相当する。同社は、MoCA 2.0に準拠した通信制御LSIの限定顧客に対するサンプル提供を2011年3月に始めた。2012年には量産を始める予定である。
現在、MoCAの通信方式は「米国市場では、宅内のバックボーン通信の事実上の標準として使われている」(同氏)という。次に狙う市場は、欧州地域、南米地域、中国、そして日本だ。日本国内に対しては、まず大手機器メーカーに対する営業活動を進める。北米市場に向けたMoCA対応機器開発の支援が目的である。次に、国内市場を対象に、インターネットサービス事業者やケーブルテレビ事業者に対するMoCA方式の紹介を進める。
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