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技術進化の「海図」を持とう、数式シミュレーション活用のススメEETweets 岡村淳一のハイテクベンチャー七転八起(8)

技術の進むべき方向への「かじ取り」を間違わないためにはどうしたら良いでしょうか? それは「海図」を持つことだと思います。つまり、与えられている技術的な課題や事象をモデル化してシミュレーションし、全体を海図として俯瞰(ふかん)してみることではないでしょうか。

» 2012年05月07日 10時00分 公開
[岡村淳一,Trigence Semiconductor]

@trigence」のつぶやきを出発点に、企業経営のあれこれや、エレクトロニクス業界に思うこと、若い技術者へのメッセージを連載中!!→「EETweets」一覧

 皆さんこんにちは!ゴールデンウィークで日頃の疲れをリフレッシュできましたか? 新入社員の皆さんはたぶん新人研修の真っ最中。配属までもう少しの時期となり、ドキドキしながら休みを過ごした人も多いかもしれませんね。さて、今回コラムのテーマは、「技術進化の『海図』を持とう」。小生がエンジニア人生で学んだことを実例として交えながらまとめてみます。

 所属する部署によって温度差はありますが、基本的に現場はどこも忙しい。エンジニアリング部隊ではトラブルと戦う、俗に「火消し」という仕事に忙殺されることは、日常茶飯事と言ってもよいかもしれません。そんな中でも、能力のあるエンジニアほど、仕事を「こなす」ようになりがちです。だけどチョット待って!エンジニアリングにとって危険なことは、この惰性で技術開発を続けるということではないでしょうか?

zu 写真はイメージです。

 日々進化の続く業界にあって、惰性のまま仕事を進め、技術進化のかじ取りを間違うことは、ビジネスには大打撃。部署存亡の危機さえ迎えかねません。大事な技術の進化のかじ取りを間違わないためにはどうしたら良いでしょう。

 それは「海図」を持つことだと思います。つまり、与えられている技術的な課題や事象をモデル化してシミュレーションし、全体を海図として俯瞰(ふかん)してみることではないでしょうか? そうすることで、荒波の中で技術の進むべき未来像を知ることができるはずです。

アイデアを整理するには、事象を数学の式にモデル化するのが一番だ。数式にモデル化することで、実験計画が立つのに加えて、結果をどのようにビジュアル化するかの作戦も立てやすい。エンジニアリングは最後のプレゼンまでが仕事。

 小生が、こうした「技術課題をシミュレーションによって俯瞰する」という手法と出会ったのは1990年代の初めのころです。当時、DRAMのアーキテクチャ開発を担当していた自分にとって、不良率を下げるための冗長回路(リダンダンシー回路)の最適化は、回路規模やシリコン面積と、収率(Yield)とのトレードオフ問題として重要な技術課題でした。そして、次世代のアーキテクチャを検討していたときに、従来の手法を踏襲し続けるとオーバーヘッドが大きく、競合他社との勝負に負ける可能性がある、と直感的に感じ始めていました。

 しかし、アーキテクチャの変更には関連各部署からの強い抵抗があることは容易に予想できました。若手エンジニアの直感を、言葉で説明して納得してもらうことなど到底不可能です。そこで、上司のアドバイスもあり、小生の得意なプログラミングで、過去のDRAMのアーキテクチャを全てコンピューター上でモデル化することで各アーキテクチャの予測収率を計算し、次世代のアーキテクチャのあるべき姿を検証するという仕事を始めました。今振り返れば、これこそ「モデル化シミュレーションを活用したトップダウン設計フロー」とでも言うのでしょうね。

テクノロジーの本質を理解するには、数式にモデル化することが重要だ。一方で、テクノロジーを他人に伝えるには、わかりやすい例えに焼き直すアイデアが必須だ。どんなに優れた技術も万人が理解できる小話がなければ、ビジネスとしては時に致命傷となる。エンジニアの重要な仕事だね。

 実際の回路構成を、上司のアイデアももらいながらモデル化し、外部からパラメータを与えることで、どのようなアーキテクチャにも対応できるようにプログラムを組み上げました。当時はC言語と数値計算ライブラリを使って苦労してプログラムを作り上げましたが、今ならMATLABでサクサクって仕事でしょうね。このシミュレーションを使って、過去のDRAMアーキテクチャの収率トレンドを計算し、さらに次世代のアーキテクチャの巧拙(こうせつ)に関して1本のリポートにまとめました。

 当時所属していた会社とアライアンスを組み始めたIBMのアーキテクチャの解析結果もリポートのおまけに付け足したので、リダンダンシー技術全体を俯瞰できるものになりました。このリポートは関連各署に配布され、次世代のDRAMアーキテクチャに採用するリダンダンシー技術の議論のキッカケになった他、RambusのDRAMや他のメモリデバイスでも、小生がリダンダンシーアーキテクチャの検討に開発したシミュレーションプログラムを活用していただけるようになりました。

技術にはたぶん2種類ある。一円玉をどれだけ高くまで積み上げるか方法を考えるものと、一円玉自体を重ねやすく、崩れにくくする方法を考えるもの。前者はフェアな比較データが重要。後者はその原理原則をフェアに伝えるのが仕事。混在して考えてはならない。

 その後、次世代アーキテクチャの検討の仕事から離れ、IBMでのデバイス開発のために米国に駐在することになりました。そこでも、このシミュレーションによる定量化と設計パラメータ解析という技を使って、担当したDDR SDRAMの内部電源電圧やトランジスタ特性、寄生容量といったプロセスパラメータと、スピード収率*1)の相関をまとめ上げました。この成果によって、アライアンスプロジェクトの中でも、シミュレーションを使ったパラメータ解析の手法が注目されることになりました。

 以上、少し専門的な話に突っ込み過ぎた感がありますが、最後まで読んでいただけたでしょうか? イノベーションには、アイデアを生みだすことも重要ですが、アイデアを検証することがもっと重要だと感じています。そのためには、アイデアを数式化し、事象をパラメータとして与えることで、イノベーションの妥当性を証明すること。モデルができればシミュレーションにより全体や未来を俯瞰することも簡単にできます。そして、イノベーションをいかようにも表現することができるようになります。

自分でツイートしていて改めて意識したけど。「技術」って「技」と「術」に分解できるんだよね、英語で書けば「skill」と「method」とすれば良いかな。日本人エンジニアは前者の能力に重きを置く人が多いけど、他人を説得する方法も含めて、後者の能力も鍛える必要があるよね。

 どうでしょう、次の長期休暇のときにでも数式モデルによるシミュレーション手法を始めてみませんか? 題材はどこにでも転がっていますよ。最初は身近なものが良いかもしれません。今悩んでいる技術課題があるなら、どうしたらその課題が数式モデルになるか、少し考えてみませんか。

*1) メモリのアクセススピードごとの製品のクラス分け収率のこと。アクセスの速い製品は市場での競争力と価格が高い。

Profile

岡村淳一(おかむら じゅんいち)

1986年に大手電機メーカーに入社し、半導体研究所に配属。CMOS・DRAMが 黎明(れいめい)期のデバイス開発に携わる。1996年よりDDR DRAM の開発チーム責任者として米国IBM(バーリントン)に駐在。駐在中は、「IBMで短パンとサンダルで仕事をする初めての日本人」という名誉もいただいた。1999年に帰国し、DRAM 混載開発チームの所属となるが、縁あってスタートアップ期のザインエレクトロニクスに転職。高速シリアルインタフェース関連の開発とファブレス半導体企業の立ち上げを経験する。1999年にシニアエンジニア、2002年に第一ビジネスユニット長の役職に就く。

2006年に、エンジニア仲間3人で、Trigence Semiconductorを設立。2007年にザインエレクトロニクスを退社した。現在、Trigence Semiconductorの専従役員兼、庶務、会計、開発担当、広報営業として活動中。2011年にはシリコンバレーに子会社であるDnoteを設立した。



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