アナログ・デバイセズは、データコンバータ製品など信号処理関連アナログ半導体の大手ベンダーである。2013年5月に3代目となる最高経営責任者(CEO)に就任したVincent Roche氏に、今後の注力分野や技術開発方針などの事業戦略について聞いた。
2013年5月、アナログ・デバイセズ(以下、ADI)の最高経営責任者(CEO)兼プレジデントにVincent Roche氏が就任した。50年近い歴史を誇るADIにあって、創立以来3人目のCEOである。世界屈指のアナログ半導体メーカーとして地位を築いてきた同社の今後の事業戦略などについて語った。
まず、Roche氏は、ADIの企業としての基本方針を明示した。
「ADIは、1965年の設立以来、信号処理関連半導体メーカーとして事業を継続し、リーダーとなった。これからも物理世界とデジタル世界の橋渡し役として、信号処理に特化していく。物理世界とデジタル世界とのインタフェースで生じる課題に対し、卓越したイノベーションを提供する。卓越したイノベーションとは、顧客もいまだに遭遇したことのない課題を解決する技術だ。ADIはアナログ技術の限界に挑み、その可能性を広げていく」。
その上で、Roche氏は、より高い成長が見込める分野での事業を強化していく姿勢を示す。
「現状、売上高の半分近くを産業/計測器分野が占める。この分野はサブカテゴリーも多く、顧客数も世界で5万社を数える。この幅広い応用、顧客を持つ産業/計測機器分野には、開発費の1/3程度を投入し、強化を続ける。
医療/ヘルスケア分野は、画像処理技術や患者のモニタリング技術などへのニーズが高く、これからの成長が期待できる。自動車関連分野については、成功事例が多くなってきている分野であり、最近5年間の年平均成長率は15%を超えている。高性能なセンシング技術や運転者/同乗者支援システム向け製品、安全技術などの方向性で事業に取り組む。通信インフラ分野についても、無線領域では高度なRF技術、固定通信領域でも高速通信に対応したシグナルパス技術が求められ、ADIの技術力が発揮できる分野だ」。
一方で、世界的に成長が鈍化している民生機器分野については次のように語った。
「民生機器分野は、今後もADIにとって重要な市場である。日本市場に限っても大切な市場だ。ただ、Appleのスマートフォンや、Android端末の登場などに伴い民生機器市場は大きく変化した。ADIもこれまでとは違い民生分野などで選択を行い、われわれの技術力が生かせる部分に投資を絞っている。
日本市場では、数年前までは、民生向けがビジネスの60%を占めたが、今は30%にまで低下した。ただ、日本の民生機器メーカーの多くも、事業領域を民生から異なる分野へも広げている。エネルギー関連や医療/ヘルスケアなどの領域へとシフトしつつある。ADIも日本での事業領域を拡大させている。ただし、エネルギーなどの産業機器分野や医療分野は、売上高計上までに時間がかかる分野であり、我慢強く取り組み、日本市場での成長を日本企業とともに成し遂げていく」。
産業/計測機器や医療機器といったBtoB市場と自動車市場を成長市場に位置付け、事業拡大を目指すADIにとって、今後、必要となる要素としてRoche氏は「スピード」「システム提案力」などを挙げる。
「昨今の市場は、とにかくスピードが速まっている。製品開発だけでなく、コンポーネントの動作速度も上がっている。あらゆるものでスピードが求められる。サプライチェーンのスピードも、ITの発達で10年前に比べて速くなっている。
同時に、エコシステムが変化している。ここ数年、顧客は資本をソフトウェアやシステムに投下し、ハードウェアについては、われわれサプライヤに依存、アウトソーシングする傾向が強まっている。このトレンドは、技術力を持つわれわれは歓迎するところだ。さらに、顧客、サプライヤともに統合が進んでいることもエコシステムに変化をもたらしている。収益率の高い企業が(事業買収などにより)さらに収益を高めている。その一方で、産業機器市場などを筆頭に6万社以上という多様な顧客に対するビジネスも強化していくつもりだ。
市場や顧客はスピードを求め、エコシステムも複雑化しているわけであり、ADIはそれらに対応しなければならない。高度に市場を読む力を身につけながら、コンポーネントのさらなる進化とともに、コンポーネントを組み合わせたシステム提案力を構築することで、さらにADIのビジネスにテコ入れすることができるだろう」。
システム提案力の基盤となる技術開発、イノベーションの創出に向けた方針は次のように述べた。
「半導体の技術開発の方向性の1つは、『Mooreの法則』に代表されるプロセスの微細化だ。そしてもう1つの方向性が『More than Moore』と呼ばれるプロセス技術の多様化に向けた技術開発だ。多様化にも対応するADIに求められるのは、この『More than Moore』であり、既に数百のプロセス技術を持つ。ADIは『More than Moore』の技術で先頭に立っていく」。
「もちろん、プロセス以外にも3次元実装技術など高度な次世代パッケージング技術も強化する。そして、これらの技術をベースに、コンポーネントを開発し、シグナル・チェーン(信号処理関連回路)をフルカバーし、フルシステムを提供する。特に、RFやマイクロ波といった先進技術や低消費電力化技術を重視し、コンポーネントを進化させる」。
Roche氏は、多様化するニーズに対し、多様な方向性から革新的技術を生み出して、ビジネス拡大を目指すという事業方針を、繰り返し説明した。CEOとして、売上高、利益拡大を重視するのではなく、あくまで、顧客が求める製品、技術サービスを提供したいという強い意志を示した。
「重要なことは、ADIの未来にチャンスがあるかどうかを考えることではなく、チャンスをつかむために創造性、革新性を持って何をするかが重要だ。われわれは発明によって未来を創る」。
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