須藤たちが進めるプロジェクトへの風当たりは、いまだに強い。だが、スーパーで働く元先輩の姿を目にした須藤は、何があってもこのまま引き下がることはできないと、社内改革を進める決意を新たにした。プロジェクトを円滑に進めるには、1人でも多くの味方を得ることだ。それには、どうすればよいのだろうか――。
「“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日」バックナンバー
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第1回 | もはや我慢の限界だ! 追い詰められる開発部門 |
第2回 | 消えぬ“もやもや”、現場の本音はなぜ出ない? |
第3回 | 始まった負の連鎖 |
第4回 | たった1人の決意 |
第5回 | 会社を変えたい――思いを込めた1通のメール |
第6回 | エバ機不正の黒幕 |
第7回 | 450人が去った会社――改革の本番はむしろこれから |
第8回 | 改革は“新しい形のトップダウン”であるべきだ |
第9回 | “不合理さを指摘できる組織”に、それが残った社員の使命だ |
第10回 | 現場の「見える化」だけでは不十分、必要なのは「言える化」だ |
第11回 | 誰もが“当事者”になれ、社内改革の主役はあくまで自分 |
第12回 | 現れ始めた抵抗勢力、社内改革を阻む壁 |
「会社を変えていく」ために、立ち上がった改革プロジェクトメンバー。その一方で、変革に無関心で、湘エレ(湘南エレクトロニクス)が壊れていく様を横目に見ながらも、自らの出世・昇進にしか目がいかない一部の管理職もいる。
プロジェクトのリーダーを務める須藤も、直属の上司から、「プロジェクトにかける時間は業務の5%以下にしろ」と、あからさまに圧力をかけられていた。だが須藤は「性根が腐っている」と言い捨てた。須藤は、製造と品証部門が何らかの形で、エバ機の不正に関わっていると薄々感じているが、まだ確固たる確証はもっていない。
自分たちが会社を変えていこうと奮闘する一方で、「プロジェクトつぶし」を狙う連中も少なからずいると感じながらも、須藤は「最後まで悪あがきしてやる」と誓っている。
最近の須藤は、寝ても覚めても常にプロジェクト、ひいては会社のことを考えている。いや、「考えてしまう」と言った方が適切かもしれない。休日ですら、気が付くと気難しそうな顔をして考え込んでいる。気晴らしにベランダに出てタバコを吸う。空を見ながら、またあれこれと考え始めている。そんな様子を見かねたのか、須藤の妻は、「会社が大変なのは予想つくけど、今日は日曜日よ。あなた1人で会社がどうにかなるなんてことはないでしょう。しんどいのなら、プロジェクトとか降りることはできないの?」と、まだ小さい子供を膝に乗せながら言う。妻の言うことに「あぁ、そうかもしれないな」と空返事をしながら、「ちょっと散歩してくる」と自宅を出た。
とはいえ、特に行く当てはないので、自宅近くの大型ショッピングモールに向かった。だが、そこで須藤は、数カ月前の希望退職で湘エレを辞めた製造部門のA氏が、食品売り場のカートを片付けている姿を見つけ、がく然とした。
明るく気さくな人柄で須藤もよくお世話になったA氏には、確か、大学生と高校生の子どもがいたはずだ。希望退職したとは聞いていたけど、なぜ、こんな仕事をしているんだ? 自問自答するが、答えは明確で「良いところに再就職できなかったから」だ。50歳を過ぎた工業高校卒の製造一筋のA氏。湘エレに入社した時には、定年までこの会社に勤めると思ったことだろう。
あれほど明るかったA氏が、どことなく覇気がない様子でカートを押している姿を見て、とてもじゃないが須藤は声をかけられず、その場を去った。同時に、希望退職で去っていった450人の元社員に思いをはせた。みんなちゃんと再就職できたのだろうか? 今のこのご時世だ、なかなか厳しいのではないか……。エバ機があんなことにならなければ、A氏の人生を狂わすこともなかっただろうに――。
エバ機の問題は決して須藤の責任ではないが、今の須藤は、A氏に合わせる顔がないと感じていた。そして、こういう状況を招いた黒幕を絶対に許さないと、あらためて心に誓ったのだった。
結局、気晴らしの散歩は気晴らしにならず、元来、須藤が持っている「ちきしょうめ」という反骨精神を核とした強烈な変革エネルギーが体の奥から湧いてくることを感じていた。A氏のためにも、今のままじゃいられないな……。
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