それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。
【1】今回の前半は、記憶容量(メモリ)の増加量と、CPUの処理速度の歴史を振り返って、パソコンの性能が、過去数年間でも100倍以上、パソコン創成期から比較すると4800兆倍という驚異的な進化を遂げてきたことを示しました。
これに対するAI技術の進歩を鑑みた時、「現在のコンピュータアーキテクチャの元での『人間の代わりとなる人工知能』を作るのは無理なのではないか」という私の所感を述べました。
【2】このようなコンピュータの驚異的な性能向上によって、AI技術の発展が促されているという側面はあるものの、逆に、その性能向上によって、開発者ですらAI技術の処理内容が分からなくなるという、大きなジレンマが発生することを、江端のプログラム開発現場の具体例で説明しました。
【3】私たちは、これまで先人が手に入れることができなかった潤沢な計算リソースを、すでに自宅に持っていることを示し、来たる「AI冬の時代」に対しても、国家や企業の思惑を超えて、週末や休日の自宅研究員として、研究を継続できることに言及しました。
【4】「おうちでAI」という新しいコンセプトを提示し、現時点においては自宅で実現可能なAI技術のサービスをいくつか紹介しました。しかし、その多くが、稼働装置を伴うものになるため、当面の間は、「週末自宅データ分析」とか、「週末自宅シミュレーション」に特化して検討することとして、この方法について解説しました。
【5】「ビッグデータ」という言葉が氾濫していた数年前に、「ビッグデータ」のうたい文句を真に受けた幹部によって、地獄のデータ解析作業を強いられた、気の毒な研究員のエピソードを紹介しました。また「ビッグデータ」を叫んでいた当事者(政府など)が、ろくすっぽ、まともな「ビッグデータ」を開示しておらず、今も開示していないことを明らかにしました。
【6】週末自宅研究員として、ビッグデータ解析に必要となるツールなどについて、江端家の事例を使って具体的に説明しました。
以上です。
計算尺で戦闘機や東京タワーを設計していた時、エンジニアたちは、自分たちが何を作っているか、そしてそれがどのような特性を有し、どのように適用、発展させるべきかを、正確に理解していたと思います。
しかし、ここ数十年のコンピュータの爆発的な性能向上によって、私たちエンジニア(特にITエンジニア)は、私たち自身が何を作っているのかを、(辛うじて)理解していても、その作っているものの内容を、把握することすら難しくなってきているように思えます。
特に、AI技術に関しては ―― 特にニューラルネットワーク技術などでは ―― 「なんか知らんけど、上手く動いている」の世界を地で行っています。これは、理解可能な原理や仕組みを確実に積み上げて、1つの製品やサービスを完成させる、という現代工学の基本原則に反しているかのようにすら思えます。
しかし、その一方、
―― このパソコンの中では、一体、何が作られて、何が行われているんだろう
と、コンピュータやAI技術のブラックボックス的な怖さに怯えつつも、出てきた答えに驚愕(きょうがく)するあの瞬間は、なんともいえずにワクワクするものなのです。
⇒「Over the AI ――AIの向こう側に」⇒連載バックナンバー
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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