後輩:「今回の前半は、いわゆる昭和の最後から平成の最初あたりを思い出させますねえ。ノスタルジーですねえ」
江端:「ノスタルジー?」
後輩:「いや、UNIXワークステーションの奪い合い、始めてPCにインストールしたFreeBSD, そしてLinuxが世界に放たれた時の興奮……あの懐かしい時代を思い起こさせてくれましたよ」
江端:「はい?」
後輩:「電源投入時のサービスの自動起動とか、デバイスとの通信とか、随分苦労しましたよねえ ―― うん、決まりましたね。今回のコラムの題目は『"おっさんホイホイ"としてのラズパイ』、この一択です」
後輩:「いやいや、ラズパイは、基本的に教育用のボードコンピュータという位置付けであって……」
後輩:「江端さん。バカ言ってんじゃないですよ。今回前半のようなシステム構築を、そこららのガキやビギナーが、ホイホイできると本気で思っているんですか」
江端:「それは……」
後輩:「そもそも、"教育用コンピュータ"というフレーズって、変ですよ。その方向性を前面に出したいなら、「個人で試して、何度でぶっ壊しても、やりなおせるコンピュータ」というべきでしょう」
江端:「まあ、SDカードのバックアップだけで、簡単に故障前に戻せる安心感は大きいな。SDカード、Amazonで600円くらいで購入できるし」
後輩:「それはさておき ―― ところで、江端さんは、この連載の第1回目で、(1)介護の問題をITで解決する方法を考える、(2)介護の苦痛を、政治社会、国家、歴史の観点まで広げて論じる、と大風呂敷広げていましたよね」
江端:「……(グッ!)」
後輩:「今回の後半では、(1)物理的な痛みに問題を絞り込み、その対象を医師と患者に限定している。しかも個人的な観点に終始している。(2)ITは介護は親和性が悪く、今後も悪くあり続けるだろう、というネガティブな見解でオチとしている」
江端:「……(グサッ!)」
後輩:「ショボい結論ですね。江端さんの力量って、この程度ですか」
江端:「いや、本当に私は頑張ったんだよ。だが、苦痛の問題に多様性があり、常に変化し続けるものだから、static(静的)なものとしてしか取り扱いできなかったし……」
後輩:「……」
江端:「さらに、介護に関しては、"介護者"から、"要介護者"にフェーズチェンジと時に、パラダイムの逆転現象が発生して、一貫性のあるロジックに落し込めなかったんだ」
後輩:「つまり、普遍的な介護哲学や介護ソリューションの登場は、今後も期待できない、と?」
江端:「その時代の社会通念や技術、そしてコスト(経済状況)に応じた『場当たり対応』を続けていくことで、精一杯だと思う」
後輩:「後ろ向きの総括ではありますが、その総括を言い切れる程度には、江端さんは、がんばったのでしょう。その点は褒めて上げましょう」
江端:「……なんでお前、そんなに『上から目線』なの?」
後輩:「あ、それはそうと、江端さん、先月、原稿落しましたね?」
江端:「そうじゃない。私は原稿を落さない主義だ。先月は、EE Times Japan編集担当者の都合と、私の仕事のタスク負荷が、うまいことコラボして『Win-Winの休載』となったんだよ」
後輩:「『Win-Winの休載』……あいからわらず、美辞麗句の発明家ですねえ、江端さんは」
江端:「先月は、屋外の実証実験で、ずっと『動かないシステム』におびえて、精神安定剤を握りしめながら生きていたんだ ―― 動かないシステムと共に、真冬の夜の屋外の現場でシステムチューンを続ける日々は、本当に辛かったぞ」
後輩:「まあ、江端さんの日記読んでいたから知っていましたけどね」
江端:「私、もうちょっとでリタイア予定のシニアエンジニアなんだけど、なんで、今もい、ガリガリとコーディングやってんだろう? それどころか、『江端さん、ここの部分のコード書けますか』と、なんで後輩から仕事を押しつけられているんだろう?」
後輩:「それが何か?」
江端:「え? そもそも、コーディングは、若いエンジニアの仕事だろう?」
後輩:「江端さんともあろう人が、なんという情けない考え方をしているのですか。江端さんの言っていることは『男女差別』にも匹敵する、『老若差別』ですよ」
江端:「『老若差別』?」
後輩:「『ジュニアはフィールドで実装、シニアはマネジメント』―― そんな惚けた考え方が、このご時世で通ると思っているんですか。道路工事や建設現場を見たことありませんか? 今は『シニアこそがフロント』です」
江端:「ええ―― でも、もう、体力的になぁ……」
後輩:「そもそも、江端さんは『自分の幸せ』に全然気がついていない」
江端:「幸せ? 誰? 私?」
後輩:「江端さんは、新しい企画を『つぶす』ことしかできず1mmも役にも立たないあの町内会のジジイたちとは全く違うんですよ。江端さんは、真の意味での『知恵の泉としての敬愛の対象である村の大長老』なんです。その自覚あります?」
江端:「『村の大長老』?」
後輩:「古代の呪術言語(C/C++)を唱え、神秘の石版(ラズパイのボード)に魔方陣を切り、賢者の石(秋月通商のモジュールキット)を使った術法増幅を行い、神の言葉(SQL)を使って神託を得ることができる、選ばれし預言者『江端』なのです」
江端:「……は?」
後輩:「江端さんは、本当に頼られていて、必要とされているのです。どれだけ多くのシニアが、お飾りの職位を付けられ、誰からも頼られることもなく、自己の存在を肯定し得ず、毎日を寂しく生きているか、ご存じですか?」
江端:「いや、むしろ、私は、そんな生き方ができればと、願うことすらあるが……」
後輩:「ならば、この私から申し上げることがあるとすれば、このフレーズになりますね」
『ぜいたく言ってんじゃねーぞ! この馬鹿者!』
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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