後輩:「私の場合、この『お金対策』は5年前にスタートを切っていたのですが、それでも遅かったなぁ、と思います」
江端:「私のスタートなんか、ここ1〜2カ月だよ。完全に出遅れた。今回「100円から〜」のネット証券にケチつけたけど、何もしてこなかった私よりは、若い人の方がずっとクレバー(頭がいい)と思う。少なくとも、『なんとかなる』を信じない世代は、強い。圧倒的だ」
後輩:「まあ、江端さんも私も、『右肩上がり』の日本しか見てこなくて、その後の世界を ―― まあ、表向きは分かっているつもりだったのでしょうけど ―― 理解できていなかった、ということでしょうね」
江端:「そうかな?」
後輩:「前回、江端さんが、各国のGDPの成長率についてのグラフにしていましたけど、中国は別格として、米国、ドイツと比較しても、日本の悲惨さはすごいですよね
これ、何が違うと思いますか?」
江端:「分からん」
後輩:「米国の投資マインドは、今でも『勝ちに行く』なんですよ。比して日本の(NISAやらiDeCo)のマインドは『負けないように、死ぬまでの時間を耐えしのぐ』なんです。このマインドだけでも、国内経済に差が出るのは当然ですよね」
江端:「確かに、今回書いたけど、NISAやiDeCoは、投資上限額がショボい上に期間の制限もある『防衛投資』制度だと思う。一体何のために、こんな制度作ったんだろう?」
後輩:「それはかなり明確ですよ。政府は、高校生*)だけでなく、日本国の成人全員に対して、『100万円の身銭を切って、お金(投資等)の勉強しろ』と言っているんです。加えて、江端さんが言っている「銀行から預金を引き剥がす」も正解です」
*)関連記事「定年がうっすら見えてきたエンジニアが突き付けられた「お金がない」という現実」
江端:「……」
後輩:「ところで江端さん。ネットバンク使っていますよね。PayPay銀行でしたっけ?使い勝手はどうですか?」
江端:「トラブル時に不安になることもあった*)けど、基本的には便利だな。パソコンから一瞬で振込できるし、明細もすぐに表示される。今回、SBI証券への送金も手数料0円だったので、とてもうれしかった」
*)筆者のブログ
後輩:「江端さん、問題はそこにあります。今回、江端さんが語るべきだったことは、SBI証券や楽天証券に文句を言うことではく、『振込手数料0円』というパラダイムを語るべきだったのです」
江端:「?」
後輩:「ネット送金なんて送金台帳の書き換えをやっているだけです。コンピュータがマイクロ秒のレベルで片付けている処理です。ビットコインの解説をした江端さんには釈迦に説法ですが*)、そもそも、これだけの処理に、手数料を付けるという発想 ―― この考え方自体が『どうかしている』とは思えませんか?」
*)関連記事「ビットコインの正体 〜電力と計算資源を消費するだけの“旗取りゲーム”」
江端:「そうだなぁ。振込手数料の存在意義は、(1)アナログ時代の伝票処理にかかる人件費と、(2)預金の他行への流出を防ぐ障壁、の2つ? その辺りかな? でも、アナログも、そろそろ終わりに向かっているみたいだけどね」
後輩:「金融商品を購入しようと銀行の窓口に行くと、『こちらへどうぞ』と、特別な部屋に案内されて、素晴らしい香りのするコーヒーを出された後、『別の(自行の)金融商品を勧められる』という目に遭います。あの下らない手続きのコストを、私たちは支払わされているんですよ」
江端:「ああ、その手の話、インターネットでもあったなあ。i-modeとかEZwebとかJ-SKYとか、インターネットテレビのポータルサイトとか、回線を持っている会社やテレビ局が、必死で顧客囲い込みかけていたなぁ……*)」
*)当時は、研究所でさえ「ダークファイバーの一般開放」などと口にしたら、首を締められかねない雰囲気でした(本当)。
後輩:「ちょっと前に、FinTechとかで、分散台帳管理やら、仮想通貨(暗号資産)やら、ブロックチェーンやら、まあ、いろいろ騒がれていましたが、バカバカしい。FinTechとは、つまるところ「振込手数料0円」のことです。これがイノベーションであり、パラダイムシフトです」
江端:「……」
後輩:「しかるに、FinTechに関係する研究を担っていたはずの江端さんでさえ、いまだに「振込手数料が有料」という銀行のサービスがまかり通っている世界を、理不尽も、怒りも、疑問もなく受けいれている、という事実が大問題です。『手数料0円だったので、とてもうれしかった』など、寝ぼけたこと言っていることが、その証左です」
江端:「あ……」
後輩:「つまるところ、江端さんでさえ、『右肩上がりの日本』という固定概念から、抜け出せていないのですよ ――ネット銀行とネット証券がコスト0円でつながり、自宅のPCやスマホから金融商品を購入することができる当たり前の世界の実現こそが、イノベーションです」
江端:「……」
後輩:「そして、(一部の若者を除いて)日本人のほとんどが、そのパラダイムに気が付かないまま、旧態依然の世界観にドップリつかって生きていることを、このコラムでは問題にしなければならなかったはずなんです」
江端:「それって『銀行不要論』の話?」
後輩:「お金の管理主体としての銀行は絶対に必要ですが、店舗は不要でしょう。ATMも、クレカや電子マネーで不要となっていくでしょう……というか、現在進行形でそうなっていますけど」
江端:「ネット銀行があれば十分、ということだよね。でもね、私は、銀行窓口の存在意義って、『怒鳴り込み先、泣き付き先に”人間がいる”』ということだと思うんだよね」
後輩:「それは認めるところですが……もはや、窓口に怒鳴り込むとか、窓口に泣きつく、とかいう考え方自体が、なくなって行くかもしれませんよ」
ちなみに、地方銀行に勤務している私の姉は、『消滅していくアナログ世代の、最期の見届け人』を自称しています ―― 希少野生生物の最期の一体をみとる保護管理人のようで ―― 何か、かっこいいです。
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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