後輩:「いくつか言いたいことがありますのでメモってくださいね。
(1)SIB(ソーシャルインパクトボンド)の説明が雑。社会課題の切り札なら、回を分けてちゃんと説明すべきでしょう。
(2)シミュレーションの株価シミュレーションの会社がつまらん。テスラ、アップルくらいでやれば、読者を引きけたのにもったいない。
(3)今回、金融商品を出してきた理由が不明。この連載は、江端さんのリタイア後の生存戦略の話をしているんですよね。なんか話がぼやけていませんか」
江端:「おお、いきなりだなぁ。まあ、今回の執筆にはちょっとブレがあったのは事実かな……。基本的には、『投資=株、その他の金融商品』と決めつけられている感じが不快で、しかも、その金融商品について、私は、何も知らないのに、売り買いしなければならない、という感じも、どうにも不愉快で」
後輩:「また、脱線していますよ、江端さん。『知的欲望のランダムウォーク』は、江端さんの「売り」ではありますが、今回も、同じことをすれば、『散々調べた揚げ句、1円のお金にならなかった』というオチで終わりますよ」
江端:「リタイア後の雇用について、とかも、考えているよ」
後輩:「ほう、どんな?」
江端:「町内会の役員とか、班長とか回ってくると、みんな絶望的な表情をするし、PTAの役員に至っては、役員に選ばれたお母さんが泣き出す(お父さんが泣き出すケースは、まだ聞いていない)とかの話を聞いているし……そして、実際に、私は、その両方の現実を、よく知っているんだ」
後輩:「で?」
江端:「だったら、その『役員』を、報酬のある仕事にすればいいじゃん?って、普通に思わない?」
後輩:「ええ、思いますけど……、で?」
江端:「町内会役員の法人化、PTA活動母体の完全アウトソーシング(外注)、それらの地域活動をモニタリングして、SIBの格付けをする評価機関の設立、SIBをベースとした地域通貨の発行。それらを、簡単にやるためのスマホのセンサーを使ったアプリの……」
後輩:「ストップ! もういいです。なんで、そんなベラベラとネタが出てくるんですか。というか、いつも、私、不思議に思っているのですけど、江端さんは、なんで、そういうネタを簡単に人にしゃべってしまうんですか?」
江端:「だって、この程度のネタなんて、特許発明にはならないし、特許権になっても活用されないし、自社実施は絶望的に難しいし、他者の特許権侵害訴訟なんて、勝っても負けても大損害になる ―― 私は、そういうことを、うんざりするほど見てきたからだよ(遠い目)……『発明でひともうけ』、こんな私にも、そんな夢を見ていた時代がありました*)」
*)筆者のブログ
後輩:「いや、そうじゃなくてですね、なんで、江端さんのビジネスモデルは、アイデア→特許権→特許収入の一択なんですか? はっきりいって、スコープがメチャクチャ狭いですよ」
江端:「そうかな?」
後輩:「江端さん。今回のコラムでは、株データベースの作り方を開示していましたけど、はっきりいって、“それ”は、金になる”商材”じゃなんですか?」
江端:「いや、そんな、dockerで作ったデータベースに、株価情報をインポートする程度のことなんか……」
後輩:「ええい!この、技術バカが!! (1)Docker使えて、(2)DB構築できて、(3)インポートができて、(4)それを、プログラムから読み込むことのできる人間が、日本に一体どれだけいると思っているんですか!?」
江端:「えっと……『たくさん』?」
後輩:「いねーよ! そりゃ、1つや2つを使いこなせるエンジニアは、そこそこいるでしょうよ。でも、それを組み立てて、システムとして持ち込める人間は、もう、びっくりするほど少ないんですよ」
江端:「そうかなぁ」
後輩:「仕方ないですね。ではサクっと、江端さんを論破してみましょう。江端さんがせっせと書いている、『江端さんの本屋さん』の本、これまで、一体何冊売ましたか?
江端:「あんまり言いたくないけど……”数冊”」
後輩:「そうでしょう。そもそも、『こんな、カルトな技術を扱う本が読みたい』なんて人は、日本に10人もいたら上出来ですよ。江端さんのカルトな技術は、どんなにすごくても、数は出ないんですよ。しかし、株データベースは、技術はどうあれ、ニーズはあるんです」
江端:「でも、株のシステムなんて、世の中に腐るほど……」
後輩:「ええ、腐るほどあります。そして、バカ高くて、その中身は、ブラックボックスで、結局アプリのメニュー以外のことはできない ―― そういうことに不満を感じている人間は一定数いるはずです。すくなくとも、”数人”ではないです。そして、江端さんと同程度の技術を持ち、お金に愛されないエンジニアの潜在市場は ―― 江端さんの本の売上と比較すれば、ケタが3つは違うはずです」
江端:「でも、どうやって、それ”商材化”するんだ?」
後輩:「書籍が売れなくても、投資に興味のあるエンジニア向けの講演会、講習会ができるでしょう。そこから、小中学校の非常勤講師もありえます。なにしろ「プログラミング教育」と「金融教育」の両方を教える講師ですよ ―― こんなおいしい人材いますか?
江端:「なるほど ―― 総じて、私には”商才”が”足りない”、ということだな」
後輩:「違います。江端さんには、”商才”が”ない”んです。絶望的です。これだけの技術を、全く金に変換できないとは、驚くべきセンスのなさです」
江端:「……では、検討だ。『どうして、私(江端)が、このようになってしまったのだろう』を考えてみよう」
後輩:「まず、歴史的な経緯として、『理系の人間は、理系のことだけを考えていれば良い』という考え方があったのは事実ですね。実際に、そのような人材が、日本の高度経済成長を支えてきたのは事実です。加えて、理系が『お金もうけ』を見下していた、というのも事実だと思います」
江端:「『技術をお金に変える方法』は、大学でも会社でも教えてくれなかったしなぁ」
後輩:「でも入社して、”OSSにすれば、みんなに使われるソフトウェアになる”とか、”素晴らしいプラットフォームを作れば、みんなが利用し始める”とか ―― 『いい技術を作れば、自然に売れる』なんてことが、全くのデタラメだった、ということだけは、ガッツリ学べましたけどね」
江端:「ただ、『技術の研究開発』をしながら、同時に、『技術の売り方』も考えていく、というのは、かなり酷な仕事だけだぞ」
後輩:「まあ、そういう意味では、江端さんのリタイア後は、かなり『お先真っ暗』ですよ」
江端:「なんで、そうなるんだ」
後輩:「だって、江端さん、人間嫌いの、ぼっち至上主義者じゃないですか。江端さんが、江端さんの持っている技術を売っていくためには、コラボレーションできるパートナーが必要ですが、江端さん、そういうの、全然ダメダメじゃないですか」
江端:「くっ……!」
後輩:「というか、そもそもコラボレーションができないから、1人でもできる『投資』の方面に行かざるを得なかったんでしょう?”コラムの執筆”はもちろん、初回で出てきた”YouTuber”もそうだし、”シニアプログラマー”だって、結局、行動単位が”1人”じゃないですか?」
江端:「……」
後輩:「江端さんは、この連載の題目を ―― 故意か過失かは聞きませんけど―― 省略していますよね。正確には、
「『退職後も他人との付き合いを”面倒くさい”と考えてしまう、お金に愛されないシニアエンジニア』による新行動論」
ですよね」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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