開口一番、無礼な後輩は言いました。
後輩:「江端さん、生きていたんですね。3年間もご無沙汰だったので、どこかで溶けている(孤独死している)んじゃないかと思っていましたよ」
江端:「いきなりだな。このコラムに書いていたように、仕事と学業の両立で3年間、死にそうなくらい忙しかったんだよ」
後輩:「しかしまあ、それにしても、知らない間に、エライことやってきましたねえ。『博士号取得』ですか。江端さんが、何をやらかすか分からん人だという認識はしていましたが、今回も“驚愕”の一言です ―― 江端さん。同じ研究員として、心からの尊敬いたします」
江端:「『何をやらかすか分からん』については同意するよ。私自身が『何をやってしまったのか、さっぱり分からん』からなあ」
後輩:「でね、江端さんに最大の敬意を払いつつ申し上げますが ―― 江端さん、あなたバカなんですか? 一体、何を考えているんですか?」
江端:「――やっぱりそうくるか」
後輩:「江端さんが自分でも書いていますが、その命懸けで取得した『博士号』は、リタイアした江端さんにとって、何の役に立つんですか? いやいや、江端さんがこれから渡米して、米国でベンチャーを立ち上げるというなら分かりますけどね」
江端:「なんで米国?」
後輩:「あの国は、『博士号がない人間とは、まともに話をしてくれない』という文化があります*)」
*)本人の主観です
江端:「それ、本当?」
後輩:「日本では『博士号はしょせんタイトルだ』という偏見があるのですが、米国では『博士号は、人に話を聞いてもらうための通行手形』なんですよ。“ドクター”を冠しない人間なんて、アポイントすら取れません*)。でも江端さん、“シニア採用”で、まだ会社に居続けるんでしょ? 一体、何考えているんですか ―― と、まあ“軽蔑”もしています」
*)本人の主観です
江端:「……」
後輩:「私にとっては、今の江端さんは、“尊敬”と“軽蔑”が共存している量子状態のようなもので、正直どう評価していいか分かりません。そもそも訳の分からん人でしたが、今や量子ビットなみに観測不能な人ですよ。ぶっちゃけ、今後の江端さんの取り扱いに困るんですよね」
江端:「……EE Times Japanの編集長、村尾さんも、同じようなことを言っていたなぁ」
後輩:「何て?」
江端:「『日本のエンジニアの中で、博士号取得に興味のある人は、かなりいると思う。だが、社会人として博士号を取ろうと決意するまでのプロセスが分からない人が、潜在的にはかなり多いのかもしれない』って、言っていた」
後輩:「でも、今回の連載の提案、江端さんが企画書を出して、村尾さんを説得したんでしょう? どういうロジックで“落とした”んですか?」
江端:「今回の連載で書いた通りだよ。『“やりたい”、“勉強したい”、“研究したい”で、何が悪い』、だ」
後輩:「正直、江端さんの言っていることは、ティーンエイジャー向けのJ-POPの歌詞より軽薄な気がしますねえ。奴らの歌の『“思いは必ず叶う”、“やりたいことをやれ”、“未来は自分で掴め”、“夢を諦めるな”』――そんなティーン本人ですら信じていないことを、江端さんが言っているように感じます。それでは、我が国1000万人のエンジニアの心には届かないんじゃないですか?」
江端:「うーん、そうかもしれんなぁ。むしろ、費用対効果で述べた方が、エンジニアの心を動かすかもしれん」
後輩:「ですよね。例えば、“博士号取得に要した総時間は約3000時間、コスト換算すると年収の1.5倍、それで得られたのは論文数本と肩書一つ”――そういう“冷酷なKPI分析”をすれば、少なくとも笑いは取れますよ」
江端:「それ、完全に“博士号のROI(投資利益率)マイナス100%”じゃないか?」
後輩:「まあ、私も江端さんが、“損得の枠外”で動いていたことくらいは分かります。これから、それを、この連載で語ってくれるのでしょう?」
江端:「そのつもりなんだけど、“損得の枠外”というのは分かっているんだ。でも、じゃあ、どんな“評価軸”があるのか、と言われると、正直、今でも分からないんだ」
後輩:「江端さんが何を考えて、どう行動しようとも、私は興味がありませんが ―― あ、もしかしたら、少子化時代の大学の生存戦略(社会人大学生の量産)という”評価軸”はあるかもしれませんよ」
江端:「なんか、自分が『八百屋で一山なんぼの“りんご”』になったような気分になってきた」
江端智一(えばた ともいち)
大手総合電機メーカー 研究開発グループ シニア研究員。工学博士。
長年にわたり、都市交通、社会システム、通信システムなど、実社会と情報技術を横断する研究開発に従事。定年退社後もシニア採用として研究を継続している。
マルチエージェントシミュレーション(MAS)を用いて、都市における住民行動を再現・分析し、「共時空間」という接触機会の定量化手法と「Repeated Chance Meetings (RCM)」 という新しい単位を提唱中。MASの中ではエージェント同士が活発に交流しているが、現実世界の自分は孤立クラスタに属し続けている。友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。
また、社会観察者としての視点を持つ。『町内会のイベントや夏祭りへの参加は、社会関係資本( Social Capital (SC) )を高める上で重要だ』と語りながら、自身は町内活動にほとんど参加せず、家族からは『どの口が“SC”を語っているのか』と呆れられている。友情や愛情ではなく、負の感情を積極的に活用する「怒りMaaS」などのシステムを考案し、デジタルシステムにおける感情エネルギーの活用を真剣に検討している。
信条は「アナログ心理とデジタルロジックの融合」。人間の曖昧さをエラーではなく仕様として扱うことを理想とする。個人サイト「こぼれネット」では、科学技術と人間社会の“バグ”をユーモアで修正しながら、理屈と感情のあいだに生まれる笑いを記録し続けている。この20年間、毎日更新継続中。
中堅研究員はAIの向こう側に“知能”の夢を見るか
我々が求めるAIとは、碁を打ち、猫の写真を探すものではない
株価データベースを「Docker」で作ってみる
走れ!ラズパイ 〜 迷走する自動車からあなたの親を救い出せ
「海外で仕事をしたい」なんて一言も言っていない!
―実践編(パラダイムシフト)――技術英語はプログラミング言語であるCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
記事ランキング