大阪大学大学院理学研究科の酒井英明氏らは、質量がないディラック電子の流れを制御できる新しい磁石(磁性体)を発見した。ハードディスクのヘッドや磁気抵抗メモリなど、超高速スピントロニクス素子を用いた次世代の磁気デバイスへの応用が期待される。
大阪大学大学院理学研究科の准教授を務める酒井英明氏らの研究グループは2016年2月、質量がないディラック電子の流れを制御できる新しい磁石(磁性体)を発見したと発表した。今回の研究成果は、これまでにない超高速スピントロニクス素子を用いた超高速で省エネ動作が可能な磁気デバイスなどへの応用が期待されるという。
黒鉛の単原子層(グラフェン)に代表されるディラック電子系物質は、極めて高い移動度を持つ。今回の研究では酒井氏を始め、東京大学大学院工学系研究科の石渡晋太郎准教授や増田英俊大学院生らによる研究グループが、高真空中のフラックス合成法を用いて、ディラック電子と磁性が共存する物質(EuMnBi2)を合成することに成功した。合成した物質は、ディラック電子状態を担うビスマス層と、磁石の性質を担うユーロピウム等からなるブロック層を積層したハイブリッド構造となっている。
さらに、東京大学物性研究所の徳永将史准教授、東京大学大学院工学系研究科の山崎裕一特任講師、東北大学金属材料研究所の塚崎敦教授らと共同で、合成した物質について、ディラック電子と磁気の状態が強く結合していることを実証した。このため、東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設および、東北大金属材料研究所強磁場超伝導材料研究センターで、強磁場中(約30〜60テスラ)での電気抵抗を測定した。また、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所フォトンファクトリーで、磁気状態を解明するために放射光X線の磁気散乱実験も行った。
これらの実験結果から、ユーロピウムの磁気秩序に伴って、電気抵抗率が大きく変化することを発見した。特に、面直方向に磁場を加え、磁気モーメントの方向を90度回転させた場合、面直方向への伝導が1桁近く抑制され、ディラック電子を面内に閉じ込められることが分かった。この状態では、ホール抵抗が量子化抵抗値(約25.8kΩ=h/e2)を(半)整数で割った値で一定となる量子ホール効果が現れ、ディラック電子がほぼ理想的な二次元系に達していることを見い出した
今回の研究により、ディラック電子が電流を担う特殊な磁石が存在することが分かった。しかも、その磁気特性を変化させることで、ディラック電子の電気伝導を大幅に制御できる方法を見い出した。今回の成果は、これまでになかった強相関ディラック電子物質という、新たなスピントロニクス材料の分野を切り拓くことになる、と関係者はみている。
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