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未来を占う人工知能 〜人類が生み出した至宝の測定ツールOver the AI ―― AIの向こう側に(19)(11/11 ページ)

» 2018年01月31日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]
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パソコンに対する本質的な恐怖感がある

 私が中学生のころ、近所の中学校で「パソコンを使って生徒の成績の管理をした」ということが知れ渡り、大騒ぎになりました。

―― え?

と思われたかもしれません。「それのどこに問題があるの?」という質問はもっともなことですし、今は、生徒の成績の記録に、エクセルなどのスプレッドシートを使わない学校があったら、逆に、その教師は怠慢を責められるでしょう。

 ところが、その当時は「教育現場にコンピュータを導入するなど、子どもたちを管理するつもりか」という趣旨の発言が、(冗談ではなく、本当に)まかり通っていて、しかも多くの賛同も得られていました。

 しかし、その当時でも、「電卓」はありました。結局のところパソコンがやることは、電卓の代りに過ぎません。パソコンはものすごく速い上に、正確で、入力もラクで、在学中の生徒の全ての成績を正しく追跡、評価することもできます。

 もちろん、「電卓なら良くて、パソコンならダメ」を合理的に説明できる人はいませんでした。

 つまるところ、当時の私たちには、説明可能な理由はなく、コンピュータに対する本質的な恐怖だけがあったのです。

 コンピュータは、私たちにとっては、得体の知れない、異質で、不気味な箱でした。なにしろ、パソコン、デイスプレイ、プリンタの一式で150万円以上もして、家庭で気軽に所有できるものではなかったですし、その使い方も知りませんでした。

 一方、コンピュータは、電車の切符の予約システムに入り込み、会社の経理部に入り込んできました。そして、コンピュータが、封鎖的で排他的で隠蔽体質であるアナログ世界の牙城である「教育現場」に踏み込んで来たとき、私たち(江端を含む)は集団ヒステリー状態に陥ったのです。

 その時、むりやり作られたロジックは ―― 確か、こんな感じのものだったと思います

 『生徒の成績の一つ一つを鉛筆で手書きする、そのアナログ作業の時間があるからこそ、彼らの日常生活での風紀の乱れや家庭の問題を結び付けて考えることができるのである


 ―― 何をバカなことを言っていやがる

と、今なら誰でも言えるでしょう。しかし、あの当時のコンピュータ、パソコンに対する私たちの恐怖は、本当にハンパではなく、こんな見苦しいロジックを強行してでも、教育現場へのパソコンの導入を食い止めたかったのです。


 これって、今回の「偏差値」の話と似ているなー、と思っています。

 標準偏差とは単なる「物差し」であり、偏差値とはその物差しによる測定結果です。そのような「物差し」が嫌いなのであれば、使わなくても全く問題はないのです。

 偏差値とは、「未知の街を歩く時の地図のようなもの」だと思うのですが、地図が不要であるというなら使わなければ良いだけです。私が知る限り、偏差値の使用を強制している人など一人もいません*)

*)大学は、テストの点数の上位者から定員までの合格にしているだけです。偏差値など登場する場面などありません。

 皆が偏差値を使うのは、受験生にとって、単に「便利」で「ラク」であるからで、大学にとっても、毎年、100万人オーダの人間をマッチングする手段としては、「超低コスト」で、「最速の手段」であるから ―― ただ、それだけのことです。

 今回の私のコラムで、私は、偏差値とは、単なるテストの点数の正規化(ノーマライズ)をするだけのものであり、人格を評価するものでもないし、ましてや若い人の可能性をつぶすような大層なものではない、ということを記載したつもりです。

 相変わらず私には「偏差値主義」が何なのか分かりませんが、このコラムを読んだ人の「偏差値」というものの恐怖が、少しでも和らげばいいなと思っています。


 ロボットや自動車などを設計製造している人なら普通の話だと思うのですが、それらに使われているセンサーからの出力値は、同じ種類のセンサーであっても、そこそこの誤差が発生します。温度や湿度などが変化すれば、さらに誤差は大きくなります。

 で、これらの誤差を含んだままだと、ちゃんとした制御ができないので、標準偏差と正規分布を使って、センサーの出力結果を「力づく」で丸めて(正規化して)、調整を行います。そうしないと、ロボットも自動車も動かすことができないからです。

 しかし、このエンジニアの世界の当たり前の「データの正規化」が、人間の世界に入ると「偏差値主義批判」というものとなって跳ね返ってくるというのは、私のようなエンジニアにとっては奇異に感じます。

 私は、「標準偏差」という道具が、それほど悪い道具であるとは思っていませんが、もし悪い道具であるというなら、もっと「良い道具」を提示してもらえれば、少なくとも、私はちゃんと真面目に検討します。

 『悪い道具だから、悪いんだ』 ―― これは、単なる子どものダダです。このセリフが許されるのは、小学生に入るまでの幼児くらいまでです。

 「大人」は、「悪い道具」の問題点を指摘した上で、「良い道具」を提案し(仮説レベル(検証までは問わな)でも構わないので)その仕組みと効果をきちんと説明するものです。


⇒「Over the AI ――AIの向こう側に」⇒連載バックナンバー



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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