後輩:「なんだろうなぁ、この猛烈な不快な読後感は・・・やっぱり江端さんの『プログラミング』に対する固執が、気持ち悪いんだろうなぁ」
江端:「何が言いたいんだ」
後輩:「じゃあ、最初から行きましょうか。まず、『GAFAの創立者は全員プログラマーだった』ですが、これは事実かもしれませんが、正しい認識ではありません」
江端:「?」
後輩:「GAFAの創立者は、全員『やりたいことがあった』がスタートです。そして、それを実現する手段として、『たまたま"プログラミング"があった』だけのことです。彼等は、「ラクに計算できるスプレッドシート」を、「自分で本を作れるワープロとお絵描きソフト」を、そして、「日用品を発注したら、翌日に宅配されるサービス」を実現したかったのです ―― で、たまたま、そこにプログラムという、大変都合の良い便利な道具があっただけです」
江端:「でも、彼らが『プログラマー』でなれば、『やりたいこと』と『プログラム』の間をつなぐことはできなかった、というのも事実だろう?」
後輩:「では、パイ・テック・クラブの中の話で登場する、『プログラムの勉強は不真面目だった子どもが、ロボットカーを動かす段階になったら、いきなり真剣になった』という実例でお話しましょう ―― 多分、その子どもは、プログラムなんぞ、全く、これっぽっちも、かけらも興味なかったんですよ。多分、『かったるい』と思っていたと思います」
江端:「で?」
後輩:「しかし、その子は、"プログラム"なるもので、ロボットカーを自分の思い通りに動かせることを知ってしまったのです。その子は、ロボットカーを自分の思い通りに動かしたいという一心で、"プログラミング"をしてしまったのです。重要なのは、その子どもは、ロボットカーを動かす直前までプログラマーじゃなかった、ということです」
江端:「なるほど、必要なのは、『やりたいことが明確であること』と『やりたいことを実現する手段を知っている(あるいは、教えられている)』の2つがあれば十分で、『プログラマー』であることは、別段必要条件ではない、と」
後輩:「そうです。そして、江端さん。ここが重要なのでよく聞いて下さいね。もし、この子どもに『ロボットカーを、2メートル移動させて、左折して1メートル移動したのち、さらに左折して2メートル移動し、最後にスタート地点に戻ってくるようなプログラミングをしなさい』などと、その子どもに課題として出題したら ―― 賭けてもいいですけどね ―― その子どもは、プログラミングとロボットカーの両方を嫌いになったと思います」
江端:「なるほど。つまり、そういうことなんだよなー。全ての教育は、「課題」となった瞬間に、「苦痛」に変わるんだよなー。で、その「苦痛」を軽減する手段として、教育内容のパーツ化が行われているんだけど、そのパーツが組み立てられる前に終了してしまっているんだな*)」
*)例えば、英語なら、リーディング、ライティング、ヒアリングなどにバラバラに教えらますが、その後、それらを再構築して「英語を使える日本人」として完成した人物を、私(江端)は寡聞にして知りません。
江端:「つまるところ、『プログラミング教育』で、誰をどれだけ救うか? ということだと思うんだ」
後輩:「え? 何言っているんですか。プログラミングという手段を知らない子どもに、それを知らせる機会を与えて、クラスの中で、プログラミングと相性の良い1人か2人の生徒を拾えれれば、御の字じゃないですか?」
江端:「文部科学省の言う、『プログラミング的思考』の履修は、どうするんだ?」
後輩:「まさか、江端さん。『プログラミング教育』によって、その『プログラミング的思考』なるものを、日本の識字*)率(99%)と同レベルにする、などと本気で信じている訳じゃないですよね?」
*)文字の読み書きや理解する能力のこと
江端:「いや、教育として目指すなら、もちろん、そこ(99%)を目指すべきだろう」
後輩:「バカ言ってんじゃないですよ、江端さん。仕事で英語を使う日本人は、就労人口の4%にすぎないという計算結果を出したのは、江端さん自身*)じゃないですか? ましてや、こっちは"プログラミング"ですよ?」
*)関連記事:「エンジニアが英語を放棄できない「重大で深刻な事情」」
江端:「そういえば、プログラマー(ソフト開発者)の人口比率も出したことあったな*)。"0.47%"かぁ。1クラス40人として、0.18人……お話にならんな。『クラスの中で、プログラミングと相性の良い1人か2人の生徒を拾えれれば、御の字』というのは確かかもなぁ。パイ・テック・クラブの方も、同じようなこと言っていたような気がする」
*)関連記事:「笑う人工知能 〜あなたは記事に踊らされている〜」
後輩:「江端さん。プログラミングに思い込みが強すぎて、『プログラミング教育』に期待が大きすぎると思うんですよ。それは、今のネット社会で、まともなロジカルな議論ができていないことに、江端さんがイラついているからだと思いますよ ―― 例えば、非科学的にも程がある、バカバカしいSNSのデマの拡散とか」
江端:「確かに、『デマならデマで構わないから、もっと知的で説得力のあるウソを創作して、この私をだましてみろ!』と叫びたいことはあるかな」
後輩:「『プログラミング的思考』というのは、つまるところ、論理的な考え方の一態様です ―― つまるところ、江端さんは、自分にとって都合がよく心地の良い『プログラミング的思考』でコミットされた社会の中で、ぬくぬくと生きたいと考えている『なまけもの』の1人なのですが ―― 自覚されていますか?」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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