後輩:「ところで、江端さん。『資本主義』って何だと思いますか?」
江端:「本文では『生産手段の私的所有と私的利益をベースとする経済システム』と書いたけど」
後輩:「資本主義とは、第1に、『これをやりたい』と手を挙げた人のとこに、その賛同者からお金が集まってくるシステム ―― 集金システムです。で、ここが重要なのですが、資本主義には、集金システムはあっても、分配システムは入っていないんですよ」
江端:「分配システム、というと『お金をもうけた人が、そのお金を別の事業に投資していく』みたいな?」
後輩:「そうです。でも、もうかったら、普通に個人の資産としてため込みますよね」
江端:「そうだなぁ、私もベンチャーで成功したら、絶対に資産を内部留保(貯金)すると思う、自分の老後のために」
後輩:「現在の資本主義の第1の問題は、『人生が短すぎて、分配に回す時間がない ―― つまり、人間の寿命が短すぎることにあります。人生が300歳くらいなら、そりゃグリーン債権にだって投資しますよ。『100年後に、温暖化で東京水没している』という脅威があれば、そりゃ、”分配”もするけど、江端さんじゃないですが、自分の死んだ後のことなんざ、知ったことではない』、でしょう?」
江端:「うん、知ったことではない」
後輩:「第2に、資本主義というのは、その前提条件として、経済が無限に成長し続けなければならない、ということです。成長が止まったら、資本主義は即死する運命、なのです」
江端:「なるほど」
後輩:「そういう意味では、『持続可能な社会』とは、ある意味『資本主義』の否定です」
江端:「グローバル化か、IT化とか、経済成長を支える”ネタ”はあるんじゃないの?」
後輩:「江端さん。それ”まやかし”です。グローバル化とは、単に経済活動地域を拡大した分だけ、市場規模が大きくなった、というだけの話です。例えば、途上国で1000円の昇給がものすごい賃金引き上げになっても、日本で1000円の昇給はそれほどの経済成長にはなっていないでしょう。これが、グローバルのまやかしです」
江端:「なるほど、では、IT化は?」
後輩:「あれは、これまで10人でやっていたことを、ITプラットフォームを使うことで1人で運用できるようになって、見かけ上、生産効率が10倍になった、というだけの話です。生産総量としては、何も変わっていないんですよ ―― もっとも、その”まやかし”でも、市場は”踊る”ので、あの国(米国)は、株式とかドルの調子がいいんですよ」
江端:「つまり ―― 資本主義を支える成長のネタが、見当たらない、と」
後輩:「江端さんの言うところの、”金のにおいがしない”というやつです」
江端:「”新しい資本主義”とは、成長の無限拡大をアテにしない資本主義、という理解でいい?」
後輩:「そういうことです。江端さんが、今回のコラムで『分からん』を連呼していたのは、当然です。だって「新しい資本主義」は、従来の資本主義の定義を豪快にひっくり返すものなのですから」
江端:「では、今の話の定義が正しいと仮定した場合、日本国政府は、一体何を狙って、このような『新しい資本主義』を出してきたのかな?」
後輩:「なんだかんだいって、経済成長を支えるのは、人口です。人間がいれば、そこに需要が生じるからです。だから、”ネタ”がなくても、”ヒト”を作り出せれば、なんとかなるのです」
江端:「でも、うち(日本)の少子高齢化、もう本当にシャレにならない状況だぞ?」
後輩:「いや、江端さん。あの人口逆ピラミッドの上の方、あと30年もすれば、全部死んで消滅します ―― 江端さんも含めて。だから、30年間たえ忍べば、”ネタ”なし”ヒト”ありの資本主義 = 新しい資本主義がスコープに入ってきます」
江端:「だが、それは日本の話であって、先進国では、高齢化問題はまだ続いていくぞ」
後輩:「だから、今の中国は、スゴい勢いで宇宙開発しているんじゃないんですか? 宇宙に”ネタ”探しに行っているんですよ。月面移住とかの計画が本格化すれば、これから100年間くらいの”ネタ”には困りませんからね。なにしろ、あの国、日本の14倍の人口で、一気に高齢化がやってくるんですよ。その恐ろしさたるや、我が国の比ではありません」
江端:「宇宙開発、宇宙移住は、ちょっと、まだSFっぽくて信じられないな。もっと現実的なものはないの?」
後輩:「最も現実的なものとしては、第三次世界大戦を起こして、一度、世界を焼け野原にして、スクラッチからやりなおす、という成長戦略もあります」
江端:「もっと穏健(おんけん)なのはないのか?」
後輩:「実際のところ、持続可能な社会としては『共産主義』は、なかなかイケていると思います。全員平等、能力主義の排除 ―― という、旧ソビエト連邦の初期段階くらいまでさかのぼれば多分大丈夫。あ、自然エネルギーだけを頼りにした”鎖国”という手もあるかもしれません」
江端:「テクノロジーならどうだ!?」
後輩:「人工子宮の開発(参考)によって、子どもを作り出すコストが下がって、出生率が向上すると思います。LGBT・同性婚の観点からも望ましいでしょう」
江端:「法律!」
後輩:「以前、江端さんと話した「自死の自己決定権(=自殺の合法化)*)」あたりは、今の日本の人口ピラミッド問題のよい解決法になると思います」
*)関連記事:「人身事故を「大いなるタブー」にしてはならない」
後輩:「ともあれ、江端さん。今の観点で、政府資料をもう一度読み直してみてください。多分『グローバル』という言葉は少なくなって、『イノベーション』と『デジタル』という言葉が頻出しているはずです。そんでもって、若い世代(=子どもを作り出すことのできる世代)の保護が強く唄われていて、『高齢者の生きがい』なんてフレーズは消えているはずです」
江端:「はっきりいって、面白くないが ―― その通りだ」
後輩:「『新しい資本主義』は、私が知る限り2017年あたりから『もう、今の資本主義ヤバくね?』という観点でさまざまな観点から論じられている結構古いテーマです。ただ、成長の”ネタ”のない世界でどうやって資本主義を回すか ―― これが、共通の課題であることは間違いないです」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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