私が脱稿原稿のPDFを送付した翌日、無礼な後輩から電話がかかってきました。
江端:「おう、今回のどうだった?」
後輩:「……」
江端:「聞こえているか?」
後輩:「……江端さん。私はこれまで江端さんのことを、いろいろ揶揄(やゆ)したり、ばかにしたりする言動を繰り返してはきましたが、私は本当は、『江端さんのことを、心から敬愛している』ということはご存じですよね」
江端:「うん、まあ、そのネタは正直聞き飽きたけど、こちらも、お約束として『もちろん、よく分かっているとも』とだけ答えておく」
後輩:「では、江端さん。今回だけは、何も言わないで、私の言うことを聞いてくださいませんか」
江端:「?」
後輩:「とにかく『病院に行ってください』。私が、必ず『腕の良い心療内科医』を見つけ出して、江端さんに紹介しますから」
江端:「はい?」
後輩:「江端さん、今のあなたは壊れています。狂っています」
江端:「また、新しい種類のイジりか? 毎回、いろいろなことを考え出してく……」
後輩:「江端さん! 私は真剣な話をしているんです!!」
江端:「お、おい、一体どうした」
後輩:「江端さん、今回の記事は、冒頭からむちゃくちゃじゃありませんか。『ホームに落ちていく人を観察し続ける』? そんなこと、通常の人間ができる発想じゃありませんよ」
江端:「そうかなぁ。みんな、キレイごとを言っているだけだろう?」
後輩:「私は、最初、この冒頭をキャッチー*)として記載しているのだろうと思っていたのですが、今回のコラム全文がこのノリのまま貫かれているじゃないですか」
*)いわゆる「つかみ」のこと
後輩:「文章のどこもかしこも、血だらけになったバラバラ死体のオンパレードですよ。読んでいて、これほど気分の悪くなったコラムは初めてですよ」
江端:「デリケートなんだなー」
後輩:「そういうことじゃない!」
後輩:「いいですか、江端さん。江端さんのように考える人は、確かにいるでしょう。人身事故の巻き添えにあった人が、不快で、怒りを伴うことも理解できます」
江端:「うん、アンケートからもその結果は明らかだったし」
後輩:「しかし、多くの人は、その狂気を外部に吐露せず、自分の中からその狂気が消えいくのを静かに待っているものなのです」
江端:「みんな、大人なんだなぁ」
後輩:「それでも、私は、江端さんが、『回りに大声で怒りを喚き散らす』程度の『稚拙な解析』を行っているだけなら、それほどには心配しなかったかもしれません」
江端:「はあ」
後輩:「しかし、江端さんは、この『人身事故』という事象を、冷静にいろいろな角度から検討し、分類し、分解した上で、もう一度、再構築して ―― そして、まだ解析を続けようとしている」
江端:「その通り」
後輩:「これは、もはや、『狂気の外側の狂気』です。江端さんは、5万件の国交省の事故報告書を読んでいるうちに、壊れちゃったんですよ」
江端:「で、私に一体どうしろと?」
後輩:「心療内科に行ってください」
江端:「で、そこで何と言えばいいんだ」
後輩:「このコラムを印刷したものを問診の先生に渡せば、それで十分です」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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