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» 2018年11月14日 09時30分 公開

Intelの創業年、研究開発主体で売り上げは「ゼロ」福田昭のデバイス通信(168) Intelの「始まり」を振り返る(1)(2/2 ページ)

[福田昭,EE Times Japan]
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10年の転換社債で250万米ドルを調達する

 1968年7月18日にRobert Noyce(ロバート・ノイス)氏とGordon Moore(ゴードン・ムーア)氏の両名が「Intel Corp.」を設立したことは、よく知られている。設立当時のIntelは半導体メモリのベンチャー企業である。マイクロプロセッサの開発は予定になかった。いや、想像すらしていなかった可能性が高い。

 Noyce氏とMoore氏の目指すところは、当時のメインフレームが主記憶に搭載していたメモリ「磁気コアメモリ」を、半導体メモリで置き換えることである。そのために、創業直後からIntelは、精力的に半導体メモリ製品を開発していく。そして半導体メモリを米国や日本などの顧客候補企業に売り込んでいく。

 とはいうものの、創業年には製品は1点も出てこない。活動期間が半年しかないのだから、当たり前と言えば、当たり前である。創業翌年の1969年1月に発行された「1968年の年次報告書」を見ていくと、事業活動は研究活動が主体で、製品はまだ完成しておらず、製品売り上げはゼロとなっている。

創業年(1968年)の業績ハイライト。Intelの年次報告書(アニュアルレポート)から作成

 売り上げよりも重要なのは資金調達だろう。Intelは1968年10月に10年償還の転換社債を発行し、250万米ドルの資金を調達した。当面の運転資金となる。

 「1968年の年次報告書」で経費を見ていくと、1968年の経費の大半は研究開発費用で、34万8477米ドルを計上している。ほぼ半年分の費用であり、翌年(1969年)の研究開発費用は単純計算で70万米ドルにはなることが予想できる。研究開発の人員を増員すれば、費用はさらに増えるだろう。

 1968年の総経費は約45万米ドルである。これも半年分なので、単純計算では翌年(1969年)には約90万米ドルになる。

 また製造設備やオフィス、建屋などはすべてリース契約でまかなっている。この支払いが翌年(1969年)には12万5000米ドル近くに達する。

 そこで翌年(1969年)の経費を粗く見積もってみよう。総経費の予測値90万米ドルにリースの支払いを足すと、100万米ドル強になる。先ほど述べた転換社債による250万米ドルの資金は、仮に製品の売り上げゼロが続くと、3年を待たずに消えてしまう。Intelにとっては早期に製品を開発して売り上げを立てることが、会社存続のためには非常に重要であることがみてとれる。

次回に続く)

福田昭のデバイス通信【Intelの「始まり」を振り返る】記事一覧
創業1年目 研究開発主体で売り上げは「ゼロ」
創業2年目 初めての製品売り上げを計上するも赤字は拡大
創業3年目 売り上げが前年の11倍に急増して赤字が縮小
創業4年目 半導体メモリのトップベンダーに成長
最終損益が黒字に転換
創業5年目 収入が前年の2.5倍に、初めての営業黒字を計上
腕時計メーカーになったIntel
創業6年目 クリーンルームに防塵衣がまだなかった頃
創業7年目 「シリコン・サイクル」の登場
DRAMが「特殊なメモリ」だった理由
パソコンを生み出した「8080」プロセッサが登場
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