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組み込みシステム開発の制約を解き放つNational Instruments R&D担当シニアバイスプレジデント Phil Hester氏

モジュール計測器とテスト/制御向けアプリケーション開発ツール「LabVIEW」のベンダーとして知られるNational Instruments。その研究開発部門の指揮をとるのは、IBMとAMDでCTOを歴任したコンピュータシステムの専門家だ。その目に現在の組み込みシステム開発はどう映っているのか。

» 2011年12月09日 19時35分 公開
[薩川格広,EE Times Japan]

 Phil Hester氏は、世界最大のコンピュータメーカーであり、総合ITベンダーでもあるIBMに四半世紀にわたって所属し、CTOを務めた後に、大手マイクロプロセッサメーカーのAMDでもCTOを務めた、コンピュータシステムの専門家だ。そして今、同氏はモジュール計測器とテスト/制御向け組み込みアプリケーションのグラフィカル開発ツール「LabVIEW」のベンダーとして知られるNational Instrumentsで開発チームの指揮をとる。同氏の目に、現在の組み込みシステム開発はどう映っているのか。来日の機会に聞いた。

EE Times Japan(EETJ) コンピュータシステムに長年携わった後に、テスト/計測分野のベンダーであるNational Instruments(NI)に移ったのはなぜですか。

Hester氏 私にとってNIは、「システムベンダー」なのです。もちろんある人は、モジュール計測器を手掛けるハードウェアメーカーだと見ているでしょうし、またある人はLabVIEWというソフトウェアツールのベンダーだと見ているでしょう。いずれもその通りですが、実態はその両方を組み合わせて提供できるのです。これは、私がキャリアの中でずっと興味を持って開発に取り組んできた「システム」に他なりません。

 ハードとソフトの両方を手掛けることで、どちらか一方だけしか提供できないという制約に縛られる環境に比べて、ずっと革新的になれるという魅力があります。

 これを、一般的なPCメーカーと、Appleという際立った企業との対比で例えてみましょう。前者は、OSベンダーのソフトを自社のハードに載せて販売するという形態です。それではPCメーカーが、ハードとソフトの間で最適なトレードオフを図ることは難しい。ハードとソフトがそれぞれ独立に定義されており、個別の制約があるからです。どうしても柔軟性が制限され、創造性が阻害されてしまいます。

 一方でAppleはハードとソフトの両方を自社の制御下に置いているシステム企業です。革新を生み出す柔軟性を手中に収めているといえるでしょう。

 NIも同じ意味でシステム企業であり、そのハードとソフトからなるシステムによって、さまざまな種類の複雑な問題を、非常に分かりやすい形で表現することが可能です。

EETJ 「システム」と一言で表現しても、1枚の半導体チップに集積されるSoC(System on Chip)から、企業システム(エンタープライズシステム)、さらに巨大なインフラシステムに至るまで、その実態は極めて多様です。NIが手掛けるシステムとは、どういった規模や形態のものですか。

Hester氏 当社の製品は、レゴ ブロックのロボット学習教材「レゴ マインドストーム」のプログラミングから、欧州原子核研究機構(CERN)が運用する大型ハドロン衝突型加速器の制御まで、非常に幅広い規模と形態のシステムに使われています。

 対象とするシステムに加えて、当社が製品を提供する顧客層も時間とともに変化してきました。つまり、当初はエンジニアや科学者という個々人が使うツールとして提供していましたが、今はもっとエンタープライズ側のシステムの中に当社のハードやソフトが実装されるようになっています。

 エンジニアや科学者が当社の顧客であることは今後も変わりません。しかしもう一方で、当社の製品はエンタープライズシステムや製造システムの環境に実装できる形態に進化しているのです。その新しい分野で求められる要件は、データセンターや、エンタープライズ用途の大規模アプリケーションを実装する際の要件に似通っています。だからこそ私のコンピュータシステム業界での知見や経験を生かせるというわけです。

エンタープライズレベルに進化へ

EETJ 研究開発の責任者として、チームにはどのような指示を出していますか。

Hester氏 大きく2つあります。1つは、ハードとソフトからなる製品基盤をより完全なものに仕上げていかなければなりません。

 ハードについては、FPGA内蔵の組み込みコントローラである「Compact RIO」や、PXIモジュールなどの製品群をとりそろえており、従来通り今後も品種の拡充を続けていきます。ソフトについては、LabVIEWの機能を継続的に追加しながら、テスト管理ツールの「NI TestStand」やリアルタイムテスト開発ツール「NI VeriStand」といった、専用ツールを組み合わせて、ユーザーの皆さんがシステムを開発する際に構成ブロックとして汎用的に使えるソリューションの完成度を高めていきます。

 もう1つは、ハードとソフトのこれらの製品が、エンタープライズレベルの大規模で複雑なアプリケーションや、非常に要件が厳しい環境で稼働するミッションクリティカルなアプリケーションにも対応できるように進化させていく必要があります。ハードにもソフトにも新しいテクノロジを投入し、高い可用性と信頼性、管理性を実現するとともに、セキュリティも高めるという方向性での開発を進めていきます。

ITと組み込みの領域を超える

EETJ IT領域のコンピュータシステムの専門家として、現在の組み込みシステムの課題をどのように見ていますか。

Hester氏 組み込みシステムのトレンドの1つは、ハードウェアコストの低下が続いていることでしょう。そのため、システムの高度化に伴ってハードの複雑度が増すとしても、コストの上昇は穏やかです。

 ところがソフトウェアは違う。複雑度が高まると、急激にコストが増大する。横軸にシステムの複雑度、縦軸にコストをとって、ハードとソフトそれぞれの特性をプロットすると、どこかに交点がある。組み込みでは、それを十分に意識しておく必要があるでしょう。複雑な機能をソフトで実装するために掛かる工数に注意しなければなりません。つまり、組み込みシステムでも今後はソフトのコストが支配的になり、それゆえにソフトの生産性がこれまで以上に重要になるはずです。

EETJ 組み込みソフトの開発者が不足していると指摘されています。IT分野の経験者を活用しようとする動きがありますが、課題はありますか。

Hester氏 組み込みとITのソフトウェア開発には大きな違いがあります。ITでは、ハードウェアリソースの制約が比較的緩やかなのに対して、組み込みでは非常に厳しい。

 例えば、現代のデスクトップPCは、入門機でもマルチコアプロセッサを搭載し、数Gバイトのメモリを備えています。そうしたハード上で稼働するアプリケーションソフトは、コーディングの際にあまり効率を気にする必要がありません。ソフトの効率が低くても、それをハードの豊富なリソースが補ってくれるという構図になっています。PC用のアプリケーションソフトを開発しているエンジニアで、メモリフットプリント(コードサイズ)を意識している人はわずかでしょう。それよりも、開発に掛かる期間の方が重要な問題です。ITの世界では、納期や開発期間がコストに比例するからです。

 ところが組み込みでは、ソフトの効率が悪ければ、それが直ちにコストに跳ね返る。もしメモリフットプリントが2倍になったら、メモリチップのコストが一気に膨れ上がってしまいます。つまり組み込みは、所要の機能を限られたハードウェアリソースの中でいかに達成するか、その最適化と、その結果であるメモリフットプリントがコストに比例するという世界です。IT分野で経験を積んだソフト開発者が組み込みシステムを手掛ける際には、組み込みならではの制約や最適化を意識できるようにならなければなりません。トレーニングや教育が必要です。

 当社は、組み込みシステムの新しい開発手法「グラフィカルシステム開発」を提唱しています。これは、LabVIEWを組み込み開発プラットフォームの中核に据えたもので、開発期間の短縮化や高品質化を実現する手法ですが、ITの経験者が組み込みシステムに取り組む際にトレーニングを軽減する効果も期待できます。例えば、この手法を導入すれば、ソフトとして記述したアルゴリズムを組み込みシステムの制限されたハードウェアリソースに最適にマッピングする作業を効率的に進めることが可能です。


Phil Hester(フィル・へスター)氏

2009年にNational Instrumentsに入社。研究開発(R&D)を統括するシニアバイスプレジデントとして、世界各地のハードウェア/ソフトウェア開発チームに戦略的指針を提示する役割を担う。NIに入社する以前は、2005年からAMD(Advanced Micro Devices)に所属し、シニアバイスプレジデント兼CTO(最高技術責任者)を務めた。2000〜2005年はNewisysに勤務。1976〜2000年はIBMに所属し、CTOをはじめとする数々の要職に就いていた。マイクロプロセッサやメモリコントローラなどの特許を10件以上取得している。University of Texas at Austinで電気工学を履修し、首席で学士号を取得。同大学から工学修士号も取得している。

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