東工大とソニーは、60GHz帯に対応したRFトランシーバICとベースバンド処理LSIで構成した無線チップセットを開発した。さまざまな独自技術を盛り込むことで、超高速のデータ通信と低消費電力化の両立を図ったことに新規性がある。
東京工業大学とソニーは、データ伝送速度が6.3Gビット/秒と高い無線通信チップセットを開発した。60GHz帯に対応したRFトランシーバICとベースバンド処理LSI(BB LSI)で構成したもの。60GHz帯(57〜66GHz)に割り当てられた4つの周波数チャネル全てに対応したことや、モバイル機器への搭載を想定し、消費電力を削減したことなどが特徴である。
ソニーがBB LSIのデジタル回路部の設計とシステム全体の開発の取りまとめを担当し、東工大がRFトランシーバICとBB LSIのアナログ回路部の設計を受け持った。本研究成果は、2012年2月19〜23日に米カリフォルニア州サンフランシスコで開催されている半導体集積回路技術の国際会議「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference) 2012」で発表した(関連記事)。論文番号は「12.3」である。
ここ数年、デジタルテレビやモバイル機器などで取り扱うマルチメディアコンテンツ(動画、写真、音声)の容量が向上したことを背景に、機器間でやりとりするデータ量が急速に増えている。
そこで東工大とソニーは、モバイル機器間で高速に無線でデータをやりとりしたり、高品質な映像を非圧縮で無線伝送するといったニーズに応えるべく、60GHz帯を使った無線通信技術の開発を進めてきた。データの伝送速度は、無線通信回路および伝搬路のSN比(信号対雑音比)が高く、利用できる周波数帯域幅が広ければ広いほど、高速化できる。従って、合計で9GHzもの広い帯域幅を使える60GHz帯を利用することで無線通信の高速化が見込める*1)。
しかし、これまでもデジタルテレビの幾つかの機種に60GHz帯の無線通信技術が採用されてきたものの、モバイル機器には使われてこなかった(関連記事その1、その2)。消費電力が大きいという課題があったからだ。
今回の東工大とソニーの研究成果は、さまざまな独自技術を盛り込むことで、高速データ通信と低消費電力化の両立を図ったことに新規性がある。
まず、RFトランシーバICについては、回路寸法の小型化や低消費電力化が見込める「ダイレクトコンバージョン方式」を採用するとともに、前述の通り60GHz帯に割り当てられた4つの周波数チャネル全てに対応した。
東工大の研究グループでは、これまでもモバイル機器を想定した60GHz帯RFトランシーバICの研究開発を進めており、2010年11月には60GHz帯に対応した4相正弦波出力の発振器として業界で最も位相雑音が小さい局部発振器(関連記事)を、2011年2月には最大で16QAM(Quadrature Amplitude Moduration)の多値変調を採用できるほど変調精度(EVM)が良好な、ダイレクトコンバージョン方式のRFトランシーバIC(関連記事)を発表していた。今回はこれらの研究成果をベースに、独自の折り返し型構造を採用した注入同期型局部発振器を開発することで、4つの周波数チャネル全てにRFトランシーバICを対応させた。これまでは、4つの周波数チャネルのうち、2チャネル分の帯域幅に対応していた。
もう一方のBB LSIにおいては、誤り訂正符号回路を新たに開発した。具体的には、誤り訂正符号に採用した「LDPC(Low Density Parity Check)法」において、誤りを訂正するときに必要な付加データ量を大幅に削減する独自技術を開発したことで、LDPCの復号処理に要する消費電力を11.8pJ/ビットに削減した。データ伝送速度が6.3Gビット/秒のときのLDPC復号処理の消費電力はわずか74mWである。
この他、変換誤差を増加させずに比較器を簡略化したA-D変換器を開発し、BB LSIに集積した。これによって、60GHz帯無線回路に搭載されたA-D変換器として、業界最小の消費電力を実現した。2.3Gサンプル/秒動作時の消費電力は12mWである。
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