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「超」高速無線LANがやってくる、IEEE802.11ac/adが変えるモバイルの世界(動向編)無線通信技術 Wi-Fi(3/4 ページ)

» 2012年03月09日 21時21分 公開
[前川慎光,EE Times Japan]

かつて、普及しなかった超高速無線

 実は、1Gビット/秒を超える無線通信技術を最終製品に載せようという機運が高まったのは、今回が初めてではない(関連記事)。2008〜2009年ころ、シャープやソニー、パナソニック、三菱電機といった大手電機メーカー各社が、「HDMIケーブルの無線化」を特徴にしたデジタルテレビを製品化した(関連記事その1その2図5図6)。デジタルテレビを薄型化するために本体から分離したチューナー部とテレビ本体を接続するのに、図4に掲載したWirelessHD(WiHD)やWHDI(Wireless Home Digital Interface)といった技術を採用したのだ。両方式とも、ハイビジョンの映像を非圧縮で高画質のまま伝送できることを売りにしていたが、製品化の動きは広がらなかった。

図5 CEATEC 2008で披露されたハイビジョン映像を無線伝送するデモの様子。左はパナソニック、右は東芝の展示で、60GHz帯を使うWirelessHD規格に採用した無線機器を展示した。(クリックすると拡大します)

図6 CEATEC 2008で披露されたハイビジョン映像を無線伝送するデモの様子。左はソニー、右は三菱電機。5GHz帯を使うWHDI規格に採用した機器の展示。(クリックすると拡大します)

 「それはなぜか?」という問いに対する答えはさまざまだ。例えば、WirelessHD規格を推進する企業は、デジタルテレビを中心にした無線AVネットワークを実現できることをアピールしていたが、そもそもネットワークにつながる機器が当時ほとんどなく、無線化のメリットを生かせなかったという指摘や、デジタルテレビの薄型化競争が落ち着き、チューナー部を本体から分離する意義がなくなったという指摘がある。

 業界で初めて60GHz帯を宅内の民生機器向けに実用化し、WirelessHD規格を策定する上で中心的な立場だったSiBEAM*4)のPresident兼CEOを務めたJohn E. LeMoncheck氏は、2012年2月のEE Times Japanの取材に対し、宅内の高速無線市場が立ち上がらなかった理由として、景気後退の影響を挙げた(関連記事その1その2)。「市場が立ち上がらなかった1つの理由は、2008年後半に『リーマンショック』が起こったことだ。60GHz帯を使うWirelessHD規格はまったく新しい技術だったので、投入当初はどうしても部品コストが高くなる。従って、デジタルテレビのハイエンドの機種のみに採用された。これが、2009〜2010年ころの話だ。このタイミングで、リーマンショックによって景気が後退してしまい、超高速無線の新技術が市場に浸透するのが遅れてしまった」(同氏)。

*4)SiBEAMは、2011年にSilicon Imageに買収された。なお、SiBEAMのCTOだったJeffrey M. Gilbert氏は、現在Silicon ImageのCTOを務めている。

超高速無線の普及へ、機は熟した

 これに対し、今から迎える数年間は、超高速無線の市場が立ち上がらなかった2008〜2009年という時期とは状況が大きく異なり、市場が立ち上がる条件がそろっている。「モバイル機器の急増と多様化」、「業界団体の動き」、「技術の進展」という3つの変化がある。1つずつ説明しよう。

 スマートフォンやタブレットPCが2010年ころを境に、急速に出荷台数を増やしていることは誰もが認めることだろう。このスマートフォンやタブレットPCの普及によるデータトラフィックを回避するために、携帯通信事業者(キャリア)各社は公衆無線LANサービスの力を入れている(関連記事その1その2その3)。スマートフォンやタブレットPCには、無線LANも標準搭載されている。この無線LANを使い、端末からアクセスポイントを介してインターネットに接続すれば、携帯通信網の負荷は減り回線の混雑は緩和される。ところが、そう簡単には問題は解決しない。今度は、Wi-Fiスポットのアクセスポイントに接続が集中し、公衆無線LAN側が混雑し始めたのだ。

 なぜ、無線LANが混雑するのか。極端に言えば、既存の規格のデータ伝送速度が遅く、かつ使える周波数チャネルに制限があるからだ。既存の無線LAN規格が主に使っている2.4GHz帯において、同時使用チャネル数 (電波干渉を起こさないで同時に使用可能なチャネル数) は3チャネル分だけ。無線LANの端末がアクセスポイントに接続しよう制御信号を送ったとき、接続が確立しない場合は制御信号を再送するという動作を繰り返す。この状態が続くとユーザーから見ると「つながらない」という状況になってしまう。

 無線LANの混雑は、多くの利用者が使うWi-Fiスポットだけの問題ではなく、一般家庭でも起こり得ることだ。将来を見通せば、ノートPCやPC周辺機器、スマートフォンやタブレットPCのみならず、ゲーム機やデジタルカメラ、デジタル家電、白物家電といったあらゆる電子機器に無線LANの搭載が進むだろう(関連記事その1その2その3)。そうすると、宅内の無線LANのアクセスポイントがトータルで取り扱うデータ量と頻度が増加し、最新規格のIEEE 802.11nでもデータ伝送速度と周波数チャネルが不足する可能性がある。

 既に起こりつつある、そして今後さらに拍車が掛かる無線LANの混雑という課題を解決する切り札が、5GHz帯を使うIEEE 802.11acである。データ伝送速度が上がれば、大容量のデータを今までよりも速く伝送できる。データ量が同じ場合、これまでに比べてデータの移動がすぐに終わり、周波数チャネルを空けられるので混雑解消につながる。さらに5GHz帯を使うことで利用可能な周波数帯域そのものも増える。5GHz帯で利用可能な周波数チャネル数は19チャネル(20MHz幅)である。実際には複数の周波数チャネルを束ねて使うが、2.4GHz帯だけのときに比べると同時使用チャネル数も増えることになる。

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