後輩:「なんで、毎回こんな風に書けないんですか?」
江端:「はい?」
後輩:「今回のコラム後半の、介護に対する、行政、NPO、テクノロジー、そしてアカデミズムの研究や企業のR&Dの取り組みに対する、江端さんの激怒ですよ ―― 介護のフロントにいる江端さんだからこそ書ける、この、理不尽なまでに感情的で、情緒的で、一方的で、独善的で、論理破綻した ―― そして、人の心に寄り添う感動的なコンテンツを ―― なんで、いつも書けないんですか?」
江端:「それ、批判の方向が逆だろう。『江端さん、後半、感情論に走って、論理破綻していますよ』と注意・警告するのが、レビュアーの仕事だろう?」
後輩:「以前から一度聞いてみたいと思っていたんですが、江端さんは一体何の為に、この連載をやっているですか?」
江端:「連載のタイトル通りだよ。『世界を「数字」で回してみよう』という、数字やロジックで、世界を把握しようという試みだよ」
後輩:「江端さんの望みは、『世界を把握する』だけですか。江端さんは、『世界を変えたい』と思ってはいないんですか。もう江端さんにも分かっているはずですよ。数字やロジックで世界を俯瞰してみたところで ―― 江端さん風に言うのであれば――『世界は1mmも変わらない』ことを。世界を変えられるのは、結局のところ感情や情念であって、数字やロジックとは相対するものです」
江端:「私は『世界を変えたい』とは思ってはいないよ。『世界は1mmも変わらない』でも構わないと思っている。私は、ただ『世界』を知りたいんだ。知って安心していたいんだ」
後輩:「ん? どういうことですか?」
江端:「私たちは、誰もが何かに苦しめられていて、いずれは誰かに殺される。ならば、それが「何」であって「誰」であるかを、私だけは、ちゃんと理解していたいんだ。そして、その「何」と「誰」に対して、物理や数理や論理やそしてシステムを使って、自分の力だけで計算した結果が「解なし」であれば ―― 私は「何」に対して怒ることもなく、「誰」に対して責任転換することもなく、「今」を生きていけるんだよ」
後輩:「……何かいい事言っている風の長いセリフでしたが、結局のところ『絶望の可視化』でしょ?」
江端:「『根拠なき希望との決別』と言って欲しいな」
後輩:「まあ、その話は、別の機会にしましょう。ところで、江端さんが、今回のコラムの冒頭で、『読者が不快な気持ちになる』という伏線を張っていましたね。これが良く分かりませんでした。江端さんが、このように考えた理由を教えて下さい」
江端:「『被介護者の死をもって完了する』という言い方は不謹慎である ―― などという批判がくるだろうが、そんなことは、ぶっちゃけどうでもいいんだ。私が気にしたのは、私は、現在進行形で介護に関わっている人たちに対して『介護者としてのあなたの日々の努力が、生産性ゼロの無意味な行為である』と聞こえてしまうだろう、ということだ。そのような人たちが不愉快な気分になるくらいなら、こんなコラム、読まない方がいい」
後輩:「なるほど、読者の中でも、特に、第一線で被介護者に直接に関わる方への配慮ですか」
江端:「しかし、その一方で、介護に関わる人間の一人である私が、私に対して、「お前のやっていることは無意味だよ」と言われても、私自身、正直、肚に落ちてこないんだよ。今、介護システムを、UMLなどの解析手法を用いて理解をしようとしているんだけど ―― なんか妙な感じがするんだよね」
後輩:「というと?」
江端:「システム論的で考えれば、介護サービスシステムは利益モデルとしては成立しない。それは断言する。しかし、このシステムのアウトプット(成果)は、被介護人でも、介護人でも、サービス提供者でもなく、もっと別の何か……ある種の概念というか、新しいパラダイムを模索するための試作システムのような ―― それが何だか、さっぱり分からなくて、今も気持ち悪いんだけど」
後輩:「聞けば、この「介護」のネタだけで、江端さんは既にEE Times Japanに枠の確保を願い出ているそうじゃないですか。期待していますよ。でも、大学生たちが量産している、ゴミのような研究結果なんか出してきたら、私は許しませんよ」
江端:「大丈夫。誰もが一度は思っていても、決して学会発表できないようなシミュレーション ―― 例えば、「江端の介護をどの段階で中止すれば、その予算でどれだけの子どもの養育を支えられるか ―― など、目もくらむような、エゲつない計算を予定しているから、期待して待っていてくれ」
⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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