私、これまでにEE Times Japan殿より依頼を頂いてコラムを執筆してきました。先日カウントしたら、少なくとも139本のコラムを寄稿していることが分かりました。
2021年5月末(先月)、EE Times Japanのシステム仕様の変更によって、私の139本の記事のSNS(Twitter)の投稿数が、全て“0”にリセットされてしまいました。
これは、EE Times Japanのドメイン名の変更に伴う、Twitterとのリンク切れによるものです。
企業においては、社名の変更と同様に、ドメイン名の変更も行われることがあり、これは珍しいことではありません。このような“ゼロリセット”は、一言で言えば、「仕方がない」と言えるものです。私もネットワークエンジニアですので、その理屈と仕組みはよく分かっています。
最初、それほど深刻には考えていなかったのですが、時を経るごとに、私の中で、じわじわとショックが大きくなってきました。
私、執筆に気合が入らない時に、過去のコラムのTwitterのカウント数を見て、自分を鼓舞してきたので、カウント“0”の連続を見ていると、気が滅入って、溜息が出てきます。今も、溜息をついています。
私は、Twitterのカウント数が、自分のコラム執筆に際しての強いモチベーションだったのだと、今さらながら気が付きました。正直、『これからの執筆の勢いに、影響するかもしれないなぁ』などとボンヤリと考えていた時 ―― 私は、不愉快な事実に気がついてしまったのです。
―― 私は、自分の記事がバズっている「数」くらいでしか、自己満足を得られない、ちっちゃな人間であることに ――。
つまり ―― この私は、「アイスの冷蔵ケースに入って自分の写真をTwitterに投稿した、あの低能コンビニ従業員と、その根っこは同じ」という事実です。
読者の皆さんにとっては、この“江端のコラムのゼロリセット事件”なんぞ、気が付くことさえないような瑣末(さまつ)なことだと思います。しかし、私にとっては、このTwitterのカウント数は、「江端智一国王が支配する、江端帝国が発行する、(その帝国内でしか通用しない)、絶対的価値を有する唯一の貨幣」なのです。
私は ―― 自慢できるような学位も職位も財産もなく、世界の人を救えるような偉大な発明をした訳でもない。自慢できる家族ではあるけど、それは彼女たち自身が自分で選び取った生き様であって、私の成果ではない ―― つまるところ、私は、数値化して、自分や他人を納得させることができるような価値を、持っていないのです。
今回の「ゼロリセット事件」で気が付いたことは、世の中で認めてもらえる価値は、「ほぼ全てが数値化できる価値」である、という現実です。
なぜ、サラリーマンは高い給与を得たいと思うのか? なぜ会社の経営者は、毎年収益を上げようとするのか? なぜ多くの従業員を雇用してまで事業規模を拡大しようとするのか ―― さらに具体的に言えば、なぜ、おいしいラーメン店舗は、国内でフランチャイズ店舗を増やそうとし、果ては、海外にまで進出しようとするのか?
ごくフツーに考えれば、生活できる給与が得られれば十分であり、会社は安定した経営を続けられれば十分であり、そして、ラーメン屋は、一店舗でそこそこの収益を得ることができれば、それで十分である ―― ハズです。
それなのに、なぜ……?
その理由は、単純なことでした。
「自分が作り出したおいしいラーメン(という価値)を、1人でも多くの人に「おいしい」と認めてもらうことで、そのラーメンを「バズらせたくて(流行らせたくて)」、日本のどこに行ってもそのラーメン店舗のカンバンを見えうる状態にすることで「マウントしたい(自慢したい)」のです。こう考えれば、サラリーマンも、企業も、ラーメン店も、その行動原理が理解できます。
この「バズりたい」「マウントしたい」ものがあり ―― それがどのようなもの(下品なもの、無知性なもの、インモラルなもの)であったとしても ――、『数値化して、自分と他人に示したい』という欲望を簡単に数値化させる道具 ―― それが、SNSです。
SNS以外でも、100点満点の定期テスト、学期末に教師から受けとる通知表、990満点のTOEIC、ボーナス査定の金額、これらも『数値化して自分と他人に示す』道具です。
では、これらの数値が、“リツイート回数43回”とか“再生回数800万回”などというものではなく、“1”と“0”の2つしかないモノ ―― 「できるか/できないか」あるいは「動くか/動かないか」、というモノであったとしたら、どうでしょうか?
そして、そのようなモノが、教育現場に投入されてきた時、子どもたちは(そして、それを教える教師たちも)、そのモノに正面からキチンと対峙できるでしょうか。
さらにはっきり言えば、「無能」と「有能」の2つしか存在が許されず、それが確実に自分にも他人にも開示されてしまう世界 ―― 私たちは、そういう世界と相対するだけの、メンタルと覚悟があるでしょうか?
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