ノートPCやスマートフォンといったさまざまな機器に標準的に搭載されるようになった無線LAN(Wi-Fi)。だが、この技術領域において、日本企業の存在感は非常に低いのが現状だ。そんな中、九州工業大学発のベンチャー企業であるレイドリクスが果敢に挑戦を続けている。
九州工業大学発のベンチャー企業であるレイドリクス(Radrix)は、次世代の無線LAN(Wi-Fi)規格である「IEEE 802.11ac」に準拠した無線チップの開発を進めている。無線LANルータやアクセスポイントなどを対象に、2013年第2四半期にサンプル出荷を始める予定である。
IEEE 802.11acは、現在広く普及している無線「IEEE 802.11n」の後継に位置付けられる新規格だ(関連記事:「超」高速無線LANがやってくる、IEEE802.11ac/adが変えるモバイルの世界)。既に、BroacomやMarvell Technology Group、MediaTek、Quantenna Communications、Qualcomm Atheros、Redpine Signalsといった幾つかの企業がIEEE 802.11ac対応チップの製品化を表明しているが、これらは全て海外企業である。現時点で、日本企業でIEEE 802.11acに対応した無線チップを製品化すると表明しているのは、レイドリクスだけという状況だ。
同社が開発中のIEEE 802.11acチップは、4×4構成のMIMOを採用し、データ伝送速度は最大1.8Gビット/秒になる。4ユーザーまでのマルチユーザーMIMO(MU-MIMO)に対応する予定で、これが実現すれば世界初のMU-MIMO対応チップとなる。
マルチユーザーMIMOとは、複数の端末に対して、「同一時刻に」、「同一の周波数チャネルで」、「複数端末間の干渉を生じさせることなく」、データを送り届ける技術である。IEEE 802.11ac規格にはオプションとして採用されている(関連記事:無線LANに初めて採用された最新技術「MU-MIMO」とは!?)。
マルチユーザーMIMOを採用すれば、基地局(親機)の能力を最大限引き出し、システム全体のスループットを高めることが可能だ。しかし、端末側で自分宛ての信号だけを取り出すために、親機側で高度な信号処理を施し、所望の送信信号を形成する「ビームフォーミング技術」を導入する必要がある。このとき重要になるのが、「チャネル推定情報」と呼ぶ伝搬状態の情報を親機が端末から受け取り、親機側で送信ビームを迅速に形成するためのアルゴリズムだ。これに対し同社は、「Block Diagonalization」と呼ぶ方式に独自のアルゴリズムにを盛り込むことで、高品質な通信を実現しつつ、演算量を削減しているという。
レイドリクスは、九州工業大学の情報工学部電子情報工学科の教授である尾知博氏の研究グループが2005年に立ち上げた企業である。IEEE 802.11委員会という国際標準化を策定する場に日本企業がほとんど参加しなくなっている状況で、IEEE 802.11acの規格策定にも積極的に携わってきたことも特筆すべき点だ(参考リンク:同社のニュースリリース)。
同社の代表取締役を務める尾知氏は、「BroadcomやIntel、Qualcomといった並み居る米国企業を相手に、合計9件の技術仕様を提案(発表)し、そのうち2件が採択された。複数の技術グループを作らないというIEEE 802.11ac委員会のポリシーで、大手ベンダーとの共同提案という形になっているものの、当社および九州工業大学の技術が採用されたことは、画期的なことと自負している」と語った。
具体的には、20MHz/40MHzの周波数帯域幅を使用する既存のIEEE 802.11a/11n規格と80MHz幅を使用するIEEE 802.11acの互換性を保つ技術と、最大アンテナ数を4本(IEEE 802.11n規格)から8本(IEEE 802.11ac規格)に拡張したことによるアンテナ指向性の問題を解決し、互換性を保つ技術が採択された。
同社のこれまでの実績としては、2×3構成のMIMOに対応したIEEE 802.11nチップの開発を2009年に完了しており、物理層/MAC層処理IPが大手プリンタメーカーなどに採用された。サンプル品や評価ボードも提供しており、量産にも対応可能だという。
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