以上のような研究開発の経緯や内容を開発者から聞いたときの筆者の率直な感想は、「メタマテリアルという言葉をわざわざ付けなくてもいいのでは……」というものだった。
スプリットリング共振器単体では、メタマテリアル構造体(媒質)の振る舞いは示さない。さらに、スプリットリング共振器の形状だけをみると、ループアンテナと何ら変わらない。ループアンテナという出発点から小型化を進めることで、今回と同じ研究成果にたどり着けなかったのだろうか、という疑問である。
これについては、確かに形状だけを見るとループアンテナもスプリットリング共振器も同じだが、ループアンテナは入力インピーダンスが低く、小型化するとアンテナがショート(短絡)している状態に近づく。このような状態になると、アンテナと回路は50Ωで整合させることが一般的であるため、インピーダンスを整合させることが難しくなってしまう。つまり、形状が同じとはいえ、ループアンテナを小型化するという発想からスタートすると行き詰ってしまうのだ。
NECの中央研究所C&Cイノベーション推進本部でイノベーションプロデューサーを務める原田高志氏は、「メタマテリアルという世界から入らないと、今回の研究成果というゴールにたどり着けなかっただろう」と説明した。今回の研究成果は、この意味でメタマテリアルを応用したアンテナ設計なのだ。
具体的な仕様例は、以下の通りである。アンテナ素子を4層にしたときの寸法は、中心周波数が2.445GHzのとき、9.0mm×3.5mmである。反射損失が−10dB以下の周波数範囲は2.36〜2.52GHzの160MHz幅で、無線LANの2.4GHz帯を十分にカバーできる。最大利得は1.95dBi、放射効率は81.9%である。
NECエンジニアリングが2012年4月に販売を始めた無線通信モジュールには、4層ではなく2層のアンテナ素子を採用した。4層構造に比べてアンテナ寸法は大きくなってしまうものの、放射効率をある程度大きくできる。「アンテナ特性を優先させた2層構造のアンテナでも、小型アンテナとして広く知られている逆Fアンテナと同等の寸法に抑えられる」(同社)。
今後同社は、「アンテナや高周波部品・回路単体の特性だけではなく、機器に実装したときの使い勝手を考慮する」という基本的な開発方針をそのままに、無線通信に関連した高周波回路にメタマテリアルの研究開発で得た知見を展開していく方針だ。例えば、将来のスマートフォンを開発する上で、複数のアンテナ間の結合を抑制する技術が重要である。このような高周波回路にメタマテリアルのアイデアを盛り込んでいくという。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.