プロジェクトがボロボロになっている状態にもかかわらず、それを理解せずに、プロジェクトの継続を主張する者は必ず現れます。
開発現場はあなたが押え込めるとしても、この反対勢力が、協業相手側の幹部クラスである場合は誠に困ったことになります。決裁権がない(つまりマネーを持っていない)幹部などは、悪魔に見えてきます(本当)。
ここでは割愛しますが、切々と現状を訴える、あるいは、社長クラスなど、その幹部の上の人間から口説いていく、など対策の仕方はあります。ですが、もうにっちもさっちもいかなくなった最期の手段としては、「あえてプロジェクトを継続してしまう」という方法があります。
プロジェクトの悲惨な状況を毎日報告し、言われたこと「だけ」を淡々とやります。その場合、指示されたこと以外は行わないことが大切です。上司にとって、「プロジェクトが死ぬ時は、お前も道連れだ」と言わんばかりに冷たくほほ笑む部下くらい、怖い存在はありません。
上記(1)〜(9)までの総括になります。
海外協業プロジェクトを死に導くプロセスは、プロジェクトメンバーへのダメージを最小限にし、かつ、可能な限り苦痛を伴わないように行うことが肝要です。できれば、「あれ?」と気がついた時には既にプロジェクトがなくなっていた、というくらいステルスな撤収が理想です。
プロジェクト撤収直後は、その件を自ら話題としてはなりません。下手な言い訳も謙遜や卑下も、今後の予定の言及も避けたが賢明です。前述した通り、「当初の目的は達した」「一定な成果が得られた」とだけ言えば事足ります。
しかし、本当に大切なのは、あなたがやってきたことをプラスの成果として残すことです。それには、10年間ほどかけて、その内容を少しずつ変化させながら、「自分はプラスの成果を残した」と周囲を洗脳し続ければいいのです。
これは、上司が酒の席でよく口にする「俺のあのプロジェクトが、今の事業に繋がったんだよな」という、嘘くさいセリフと同じことになりますが、このような「姑息(こそく)な歴史改ざん」も、エンジニアには必要なスキルなのです。
以上、海外協業プロジェクト撤収に必要な、11の方法を具体的に説明致しました。
最後にもう一度繰り返しますが、海外協業プロジェクトにおいて撤収戦は高度な「技術」です。そして、美しい撤収戦は「芸術」ですらあり、特に「失敗プロジェクト」からの完璧な撤収は、「成功プロジェクト」と同程度に評価され得る成果であることを覚えておいてください。
それでは、今回の内容をまとめます。
(1)海外協業プロジェクトの撤収は、そのプロジェクト立ち上げよりも、はるかに難しい技術である。それ故に、撤収作戦には価値がある。美しい撤収作戦は「芸術」ですらある
(2)プロジェクトを「失敗」と言ってはならない。ただ、第一段階が終了し、第二段階の予定がないとだけ言う
(3)プロジェクト開始と同時に、プロジェクト撤収のための布石を打っておくことが必要である。また、プロジェクト終了後は、継続して、姑息な歴史改ざんを続けることが重要である
次回は、(ちょっと順番が前後しますが)インターミッションとして「海外赴任編」について、説明したいと思います。
海外に長期間送り込まれることになった場合の生活インフラの立ち上げや、どのように家族のメンタルをケアするべきか、という観点をひっくり返して、あなたが、家族にどのようなケアを「してもらうか」。
つまり、「海外赴任に巻き込まれる家族」の観点から、説明を試みてみたいと思います。
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江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
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