さて、データのばらつきに頭を悩ませている佐々木さん。田中課長は、分布定数回路については教えてくれましたが、なぜ周波数特性が測定ごとにばらつくのかまでは、教えてはくれませんでした。
ねぇ、さっき田中課長といろいろ話してたね! どうだった?
あ、かれんさん!? うーん、実はね……(と先ほどの会話内容を伝える)。
私は電気のことはよく分からないけど、田中課長は、「佐々木さんなら自分で答えを出せるはず」って信じてくれてるんじゃないのかなぁ。
きっと、「自分で考えろ」ってことだよね?
そうそう! You can do it!
佐々木さんは、憧れの山本かれんさんから声を掛けてもらったこともあり、だいぶご機嫌です。
先ほどの、田中課長と佐々木さんの会話には登場しませんでしたが、セカンドシグナルというコミュニケーションがあります。ここでは、山本さんが無意識に使っています。図3をご覧ください。
指示や命令といった1つの情報だけを送り続けると、相手は自分で物事を判断できない状態に陥ります。これを「アナジー状態」と言います。アナジー状態を防ぐには、伝えたい情報に加えて、もう1つ別の情報を同時に送ることが必要です。この情報が「セカンドシグナル」になります。ただ指示や命令を与えるのではなく、「自分はあなたの味方だから、安心してほしい」ということを言葉や態度で伝えるのです。
遅くまで頑張ってるね!
田中課長、データがばらつく原因が分かりました!
そうか、何だった?
測定前にネットアナ(ネットワークアナライザ)のキャリブレーションがうまく取れていなかったのが原因でした。
よくそこに気付いたね。正確な測定は、正しく計測器を使うことから始まるんだ。測る物差しがいいかげんじゃ、正しいデータなんて得られないからね。
はい!
佐々木さんは、データがばらつく原因を何とか突き止め、田中課長にも報告できたようです。
さて、ここで田中課長は、佐々木さんに「頑張ってるね!」と声を掛けています。下をご覧ください。
・「頑張ってね」⇒依頼(命令)
・「頑張ってるね」⇒アクノリッジメント(acknowledgement:承認)
皆さんも、つい口癖で部下の方に「頑張ってね!」と声を掛けてしまっていませんか?
「頑張ってね」と「頑張ってるね」はたった一文字しか違いませんが、相手に伝わるメッセージとしては大きな違いがあります。前者は“依頼/命令”、後者は“アクノリッジメント(承認)”です。つまり、「頑張ってるね」と言うことは、「あなたを認めています、存在を気に掛けていますよ」というメッセージになるのです。
開発現場で多忙な日々を送っている田中課長ですが、コミュニケーションスタイルをほんの少し上司が変えてみることで、部下との相互理解が深まったかなと感じました。
次回は今一度、モノづくりの原点に立ち戻ってみたいと思います。
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画責任者として、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱している。2010年11月に技術評論社より『上流モデリングによる業務改善手法入門』を出版。
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