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第33回 Band Gap Referenceの原理を出発点から解説Analog ABC(アナログ技術基礎講座)

今回はこれまでと話題を大きく変え、まだ紹介していなかったアナログ回路として「Band Gap Reference(BGR)」を取り上げます。

» 2011年10月11日 08時00分 公開
[美齊津摂夫,ディー・クルー・テクノロジーズ]

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 本連載ではこれまで、エミッタ接地回路や差動対、オペアンプといったアナログ技術の基礎的な回路の仕組みを紹介してきました。ここ最近の第29回第32回ではMOSFETを使ったオペアンプを設計してきました。基本的なオペアンプを完成することができましたので今回以降は話題を大きく変え、まだ紹介していなかったアナログ回路として「Band Gap Reference(BGR)」を取り上げます。

 アナログ/デジタルを問わず、電子回路を設計したことがある方であれば、Band Gap Referenceという言葉を聞いたことがあるかもしれません。役割はその名前の通り、リファレンス、つまり基準となる回路です。

 「Band Gap」と言われても、「Bandとは?」、「何と何のGap?」といった疑問が出てきます。おなじみのWikipediaで調べてみたのですが、日本語版では出てきません。英語版で検索すると…「Si(シリコン)のBand Gapが1.22eV(エレクトロンボルト)であり、この値に近い基準電圧なので、Band Gap Referenceと呼ぶ」のだそうです。なぜ、SiのBand Gapが1.22eVなのかは、物理学が得意な方に任せるとして、基準になる回路であることは間違いないようです。

回路設計に不可欠なBand Gap Reference

 Band Gap Reference(BGR)は、何に対する基準になる回路なのでしょうか。いろいろと回路を設計をしていると、何かしらの“基準”となる電圧が欲しくなります。例えば、A-Dコンバータやコンパレータなどの基準電圧だったり、電源電圧に依存せずに一定の電流を流してくれる回路などです。基準電圧の作り方としては、電源電圧を抵抗で分圧して狙いの電圧を作るのが最も簡単ですが、これではうまくいきません。電源電圧が変化しただけで、基準電圧が変わってしまうからです。電源電圧が変化したときも、変わらない値を生み出すときに使われるのが、BGRです。

図 図1  Band Gap Reference(BGR)の基本となる回路 ダイオードと抵抗で構成した回路が、BGRの原理を考える上で最も基本となる回路です。

 BGRの基本部分となるのは、図1に示した2つのダイオードと抵抗です。抵抗が付いている側(右側)は、15個のダイオードを並列に接続しており、抵抗が無い側(左側)のダイオードは1つになっていることが特徴的な点です。

 それでは、これら回路がどのような動作をするのか見てみましょう。まず、これらの回路に同じ値の電流IaとIbを流したとき、ダイオードの端子電圧であるVaとVbの電圧は、図2のようになります。

図 図2 図1のBGRの基本回路の動作 (a)はダイオードを流れる電流に対するVaとVbの変化。(b)は、VaとVbの差分です。VaとVbが一致する赤い色の枠が基準電圧の源になります。この交点となる電流は温度と抵抗値のみで決まり、電源電圧とまったく無関係になります。

 図2の上図を見ると、ダイオードのみの側の端子電圧であるVa(青いライン)はほとんど傾斜が無く、比較的平らなラインになります。つまり、電流が流れてもほとんど電圧は変化しません。これに対して、ダイオードと抵抗を組み合わせた側の端子電圧であるVb(緑のライン)は傾斜しています。抵抗があるので、電流が増えるとその分、電圧も増加します。

 実は、このVaとVbの交差する点(図中の赤い色の枠)が基準電圧の源になります。なぜかというと、この交点となる電流は温度と抵抗値のみで決まり、電源電圧とまったく無関係になっているからです。

 計算式を使って説明しましょう。ダイオードの順方向電流Ifと、順方向電圧Vfの関係は、それぞれ(1)式と(2)式になります。(2)式は(1)式を変形して得られます。

ここで、Vtは熱電圧(kT/q)です。kはボルツマン定数、Tは絶対温度、qは素電荷、Isは逆方向飽和電流になります。

 (2)式を図1にあてはめると、以下の(3)式と(4)式になります。

 なお、図1の右側のダイオードには並列にm個並んでいるとすると、1個のダイオードに流れる電流はIb/mとなります。今回は、m=15と設定しているので、Ib/15になります。

 早速、このVaとVbが等しくなる点の電流を計算します。

ここで、逆方向の飽和電流Isは通常、10−15と非常に小さい値なので、Ia≫Is、Ib≫Isとなります。従って、両辺のかっこの中の−1を無視し、以下の(6)式のように近似することができます。

さらに、Ia=Ib=Ifとすると、(7)式のようにまとめられます。

(7)式から、IfがVtとRBGR、定数mで決まることが分かります。この式のすごいところは、電源電圧がどこにも入っていないことです。つまり電流Ifは、電源電圧と無関係で決まります。

 例えば、この電流Ifが抵抗Rcを流れたときに生まれる電圧VBGRは、(8)式となり、電圧電圧とは無関係で、抵抗比(Rc/ RBGR)と定数Ln(m)、Vt(つまり温度)に依存する電圧を作り出すことができます。さらに付け加えると、Vtに依存する部分、つまり温度をキャンセルできれば、電源電圧や温度、素子の絶対値のばらつきとは無関係な電圧が得られます。

電源電圧に依存しない電圧値

 もう少し、回路を具体的にしましょう(図3)。図3(a)には、図1に示したBGRの基本部分に、抵抗R2とR3を追加してあります。前回のVaとVbに接続していた電流源IaとIbを、これらの抵抗に変更したと考えてください。

図 図3  BGRの基本回路を少し具体的にした回路 (a)は、図1に示したBGRの基本部分に、抵抗R2とR3を追加した回路。(b)は、(a)の動作結果です。

 VBGR電圧を変化させると、図3(b)のようにVaとVbが動きますが、RaとRbを同じ抵抗値に設定しておくことで、VaとVbが等しくなる点で、各ダイオードに流れる電流IaとIbも等しくなります。つまり、VaとVbが等しくなるように制御することで、(8)式に示したBGR電圧(VBGR)を生み出すことができます。

 電圧の制御には、電圧制御電流源G1を使います。電圧源で制御することもできますが、具体的な回路にするときに、トランジスタに置き換えやすいので、電流源を使いました。この図3(a)に1kΩの抵抗R4を入れ、電源V1で回路を駆動するときのBGR回路が、図4(a)のようになります。動作結果である図4(b)を見ると、電源VDDが変化してもVBGRは1.3V付近で安定していることが分かります。

図
図 図4 図3に電圧制御電流源G1を加えた回路 上図の(a)が回路図、下図の(b)は動作結果を表しています。電圧制御電流源でVaとVbが等しくなるように制御することで、BGR電圧を作り出します。

 ただ、温度が-40、0、25、85℃と変化した場合、VBGRは若干変化してしまっています。そこで次回は、電圧制御電流源G1を実際の回路(オペアンプ)に置き換えつつ、さらに温度特性を改善します。

Profile

美齊津摂夫(みさいず せつお)

1986年に大手の通信系ハードウエア開発会社に入社し、光通信向けモジュールの開発に携わる。2004年に、ディー・クルー・テクノロジーズに入社。現在は、同社の常務取締役CTO(最高技術責任者)兼プラットフォーム開発統括部長を務めている。「大学では電気工学科に所属していたのですが、学生のときにはアナログ回路の勉強を避けていました。ですから、トランジスタや電界効果トランジスタ(FET)を使ったアナログ回路の世界には、社会人になってから出会ったといっていいと思います。なぜかアナログ回路の魅力に取りつかれ、23年目になりました」。



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