EETJ 確かに個人の立場では納得のいかない仕組みですが、大企業の組織運営としては確かにそうせざるを得ない面があるように思えます。
竹内氏 でも、それって社員をバカにしてますよね。成果を出していてもいなくても、全く関係ない。それじゃ「やってらんない!」って思いませんか。
エンジニアについては、不遇はこれだけではありません。日本の大企業には、工場や開発センターのエンジニアと、本社スタッフ部門との間にも処遇の違いがあります。電機や半導体のメーカーでは、理工系の学校を出て就職するエンジニアに比べて文系出身のスタッフ部門は人数がすごく少ない。営業や人事、財務、経理といった部門です。人数が少ないので出世しやすかったり、社費留学を利用しやすかったりします。それに勤務地が本社ビルなので、経営幹部の近くにいてかわいがってもらえるというのが、なんだかんだ言っても効いたりするものです。
私自身も東芝に在籍していた最後の期間は、設計して工場で製品を流すところまで見ながら、半分くらいは本社の人と一緒に働いていて、営業に近いマーケティングの仕事もしていたのですが、「こういう世界があるのか。エンジニアって損しているな」と感じました。
こういう話をすると、「エンジニアは、面倒くさいことをやらずに好きなことやってるんだから、いいじゃない」って世間では言われるかもしれません。でも、そんな一言で済ますのはずるいですよ。そもそも、エンジニアが好きなことだけやっているなんて、ウソでしょう。
例えば私はフラッシュメモリの研究者ですが、多くの仕事の中でフラッシュが好きかと言うと、分かりません。何しろ、仕事は実際にしてみるまで、本当の中身は分かりませんから。たぶん、99%のエンジニアは同じだと思いますよ。新卒採用の学生が入社前に、何をやってる部署に配属になるかなんて分からない。そして配属されたら、その分野の専門家になることを半ば強要される。私が東芝に在籍していた当時、ビジネススクールに留学してMBAを取得したいと言ったときに猛反発を受けたのはこれなんです。「エンジニアは、技術のところだけを深く掘っておけ」。会社としては、そういうスタンスだったと思います。
EETJ エンジニアの処遇とはどうあるべきなのでしょうか。
竹内氏 もう少し能力主義にすればよいと思います。一時期こんなのがはやりましたよね。フェローシップ制度を作って、何人かのエンジニアを、シンボリックにまつりあげる。そうした能力主義の制度を用意することと、それが実際どういうふうに運用されているかは違います。実際のところは、能力主義をうたいながらも、大半の社員は従来の年功序列の制度に当てはめられてしまっているのではないでしょうか。いかにして、人事制度を変えていくのか。実際問題としては、解雇規制、新卒の一括採用や、中途採用が少ないなど、一企業ではどうにもならない障害があるでしょう。社長でも変えられないような世界だと思います。経営学の世界で「イナーシャ(惰性)」という概念があるんですが、まさにそれですよ。
エルピーダメモリの事業の経緯を見ながら、「経営危機に直面したら組織の運営も少しは変わるのかな」と思っていましたが、変わる前に破綻に至りました。JALもそうでしたが、新しい芽は、焼け跡からしか出てこないんでしょうか……。
日本の大企業が個人を生かせるような人事制度に変えていけるかどうかは、分かりません。しかし世界では日本人以外、みんな能力主義で動いているということは認識しておいた方がいい。世界の企業はそのための努力もしていますよ。社内で能力主義を徹底するのはもちろん、社外から質の高い人材を獲得するために、その人材の要求を満たすさまざまな手を打っています。
例えばある海外企業は、ここまでやりました。自社がこれから参入する市場で、社内に無い技術を持った日本のあるエンジニアを獲得したい。でもそのエンジニアは海外に行きたくない。そうしたら、彼らを受け入れるために日本に支社を作ってしまったのです。
日本の企業にそんなまねができるでしょうか。例えば、Samsungを辞めた人を取り込むためにソウルに支社を開設できますか。難しいでしょう。でも、世界の企業はそれをやっているんですよ。
“異色のエンジニア” 竹内 健氏 ロングインタビュー(1) 「マーケティングを人任せにするな 」へ
竹内 健(たけうち けん)氏
1993年東芝に入社。フラッシュメモリの研究開発に従事する。同社在籍中の2003年に米Stanford Universityで経営学修士号(MBA)を取得。帰国後もフラッシュメモリ事業に携わり、製品開発のプロジェクトマネジメントやマーケティングなどを主導した。
2006年に東京大学 大学院工学系研究科 電子工学専攻で工学博士号を取得。2007年に東芝を退社し、東京大学の准教授に着任。大学院工学系研究科 電気系工学専攻などを担当した。2012年1月に「世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記」(幻冬舎)を出版。2012年4月に中央大学に移り、理工学部 電気電子情報通信工学科の教授に就任した。
1967年東京生まれ。Twitterアカウント:kentakeuchi2003
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