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エンジニアが英語を放棄できない「重大で深刻な事情」「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(3)(6/6 ページ)

» 2012年06月11日 08時00分 公開
[江端智一,EE Times Japan]
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海外に製造拠点を移すことの是非を考える

 我が国、日本は「加工貿易国」です。資源を持たない日本は、1つのでっかい工場である日本に「原材料」を放り込むと「製品」になって出てくるという仕組みを作って、これまで生きてきた国です。

 海外に製造拠点を移すことは、安価で豊富な労働力を確保して、製品の製造コストを下げることになりますので、企業側は市場シェアを維持または拡大できるというメリットがあります。しかし、海外で作ったモノの利益の一部は、当然その国で課税されます。日本国にチャリンチャリンとお金が落ちてこないのですから、「道路」や「図書館」、「除染処理」に使えるお金が増えるわけではありません。それに、企業の立場から見ても、本来なら秘密に管理しておきたいであろう製造ノウハウや、「私たちのような極めて有能な」エンジニアが海外に流出し、結果として競争力も落ちます。もし海外展開した企業が、海外の競合他社に買収でもされたら、巨大な敵となって我々の前に立ちふさがるかもしれません。

 短期的に利益を得られても、長期的には何も良いことがないように思えます。 なんか、われわれが、「英語に愛されないこと」は、日本国にすごく貢献していたようにも思えてきました。もしかしたら、日本国政府は意図的に「英語を使えない人材育成」という陰謀を……とまでは、考えていませんが。

 たぶん、会社のエライ人や、日本国政府は、日本国という「でっかい工場」の運営方針を、以下のように考えているのだろうと思います。

1)現在所有しているノウハウや人材を(惜しげもなく)海外に放出。既存の製品の低価格化で当面の企業の利益と国の税収を担保。

2)その間に、放出した技術で得た利益を使い、既存の技術をベースとした新技術や全く新しい製品を開発する。

3)その開発した製品を、まず国内で生産して、大量生産される「前」に世界中に売りまくり(部品は海外で生産しても良い)、新技術、新製品の利益と税収を確保する。

4)その製品が陳腐化、低価格競争に突入してきたら、(1)に戻る。

と、上記の(1)〜(4)をクルクルと回し続けるというわけです。目的は、「時間稼ぎ」です。1サイクルの期間は、はっきりと分かりませんが、自動車・半導体に関しては、1950年から80年の貿易摩擦問題が発生するまでは、米国が同じ戦略を取ってきたので、ざっくり「30年」程度かと思います。ただし、今後このサイクルは加速的に短くなると思いますが。

 「そんなにうまくいくかなぁ?」という疑問はもっともなことです。しかし、我々にとって、それがうまくいくか、うまくいかないかは、たいした問題ではないのです。問題は、どのようなシナリオを経ても、結局、われわれエンジニアは海外に送り込まれる、という事実が存在するということなのです。



脚注

*1法務省:第7表 渡航先別 渡航目的別 日本人出国者数

*2総務省統計局 労働力人口(エクセル形式)

*3日経大予測2012年版

*4総務省統計局 Webサイト 16- 4 産業・職業別就業者数(エクセル形式)

*5経済産業省 海外事業活動基本調査 第41回海外事業活動基本調査結果概要確報 1-1.本社企業に関する集計表(エクセル形式)

*6厚生労働省 企業における高度外国人材活用促進事業報告書



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Profile

江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。



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