業務の効率化や企業のスリム化の波は、人事部にも押し寄せています。短期的なROIを求められ、単純業務を社外へアウトソーシングするケースも少なくありません。専門性が高い人事評価制度をゼロから構築できる人間が社内にはほとんどいないので、これを社外に依頼する場合もあるようです。
このように、人事部から人事部本来の仕事がどんどんなくなっていることに加え、技術畑出身の人間がほとんどいない人事部も増えています。以前なら、人事部には、人事制度設計のスペシャリスト、研修教材の作成のプロ、キャリアデザインの専門家などがいたものですが、今ではこれらの業務は社外で行われることが多くなっています。これが、「人事部が“素人化”している」と言われるゆえんです。
その一方で増えているのが、メンタルヘルス、ワークライフバランス、障がい者雇用、ダイバーシティなどの専門家です。確かに、会社全体で見れば、こうした専門家をそろえることはとても重要です。ただし、開発部門のエンジニア育成という視点だけで考えれば、研修やキャリアデザインといった領域に比べ、それほど関係がある分野ではありません。
人の事、とりわけ評価や育成に関する人事部門の本来の機能が弱体化したことを皮肉って、「“人事”と書いて、“ひとごと(他人事)”と読む」と言う人もいるくらいです。
さて、このような事態を打破すべく、開発現場に人材育成機能を設ける企業が出てきました。業界にもよりますが、こうした動きが目立つようになってきたのは、ここ数年です。
若手の育成に関しては人事部門を当てにできなくなり、開発部門は慢性的に忙しいという状況では、開発部門の上司や先輩が若手エンジニアの育成に時間を割くことは、現実的にはなかなか難しいでしょう。
そこで、開発部門の直下に、人材育成を専門に行う部署を設けるという取り組みが始まっているのです。技術、あるいは開発部門の出身者である課長やマネジャークラスの人間が、若手エンジニアの育成に当たります。育成の担当者は、開発業務には一切関わらず、育成のみに注力します。
組織図のイメージを図1に示します。
人材育成を担当する部署は、図1のように、「人材開発支援室」などのような名称が多いようです。人事部でも開発部でもなく、開発部の中で育成を専門に行うこの部隊は、以下のような特徴を持っています。
(1)組織構造と機能
(2)人員構成
(3)人材要件・資質
育成は現場が基本なので、ある意味、理にかなっています。人事部は技術が分からない、開発部は育成に時間が取れない。開発部の直下に人材育成部署を置くことで、両方の問題を解決しています。ただし、この部署の仕事は、人や組織に対してはもちろん、人材の育成に対しても高い関心と情熱を持っている人でなければ務まらないでしょう。
この例のように、人事部門からエンジニアの育成に関わる機能を切り離し、“技術にも人材育成にも知識がある人”が、エンジニアが実際に働く現場に近いところで若手の育成を行うわけです。開発部門の直下で育成に関わる社員は、第4回「目指せ、全員参加のOJT!〜若手育成に“組織学習”を生かす〜」で紹介した組織学習の、リーダー的役割も果たすことになります。
さて、上司と若手のコミュニケーションギャップを埋めるには、上司が若手の話をきちんと聞いて、向き合うことが必要です。次回は上司のために、コミュニケーションのとり方、相互理解について、田中課長と佐々木さんのやりとりを見ながらお話しします。
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画責任者として、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱している。2010年11月に技術評論社より『上流モデリングによる業務改善手法入門』を出版。
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