OJT(On the Job Training)とは、上司や先輩が、実際の仕事を通じて部下や新入社員を指導し、仕事に必要な知識や技術などを教える方法です。
OJTの方法は会社によって異なります。OJTガイドラインを人事部で設けている会社もあれば、川崎テックデザインのように「配属後は現場任せ」という会社もあります。
さて、佐々木さんは、どのようなOJTを長谷川リーダーから受けてきたのでしょうか?
長谷川さん、新人の佐々木君はどうだい?
全然、質問をしてこないですね。「分からない」とも言ってきませんし。今は、ボードの性能出しをやってもらってます。
なるほど。それで?
僕が書いたマニュアルに沿って調整して、データを取るんです。回路図の修正は僕が赤ペンを入れて、リライトさせてますね。たまに、じれったくなって自分でやっちゃいますが……。
佐々木君が自分で考えて、設計することはあるのかい?
それはないです。まだ早いですよ。とりあえず、僕は指示を出しているので、OJTトレーナーとしてやるべきことは、やってます。
(それは、OJTと言えるんだろうか? 単に“ほったらかしている”だけなのでは?)
「仕事の指示を出す=OJTである」と勘違いをするベテラン(上司や先輩)は意外にも多いものです。トレーナー側の社員に「OJTはできていますか?」と聞くと、「それなりにできていると思う」という答えが返ってきます。一方、新入社員や若手社員など、OJTを受ける側に尋ねてみると、「あれこれ指示はされるが、指導されているようには思えない」という返答が目立ちます。もちろん、これはあくまでも一般論で、きちんとできている会社もたくさんあります。
こうした認識のギャップが生まれる理由は主に2つあります。1つ目は、上司や先輩が、OJTとは何かを認識していないままOJTを担当するので、指示を出す以外にやり方が分からないということ。2つ目は、新人・若手から「分からないので教えてほしい」という声がほとんど出てこないということです。これは、最近の開発現場で特に目立つ傾向です。
以前は「分からないと言えるのは新入社員の特権」でしたが、どうやら最近はそうではなさそうです。
ここ数年、企業の新卒採用が抑制される中、就職活動(就活)における競争が、より激化しているのはご存じのとおりです。また、たとえ大手企業に就職しても、安定が保証される時代ではありません。学生たちは、社会人になる前に、就活を通して世の中の厳しい現実を目の当たりにしています。
「分からない」と言うと、できない人間だと思われるのではないか――。彼らがこのように考えるのも無理はありません。分からないということを、上司や先輩に言わない(実際には“言えない”)のは、厳しい就活を体験する中で身に着けた、彼らなりの防御本能でもあるのです。
若手にこうした防御本能が働いていることを、ベテラン勢はきちんと認識する必要があります。
このギャップを埋めるためには、ベテランと若手がお互いを理解し合う「相互理解」が重要になってきます。
一方、田中課長は、良きアドバイザー的存在であるマーケティング部の松田課長に、若手の育成について相談をしていました。松田課長の口から出たアドバイスは、「上司の昔話はどんどんやれ!」、そして、聞き慣れない「組織学習」という言葉の2つでした。「若い社員は上司の昔話を嫌がる」と思い込んでいた田中課長にとっては意外なこのアドバイス。そして、聞き慣れない言葉はいったい何なのか?
次回は、上司の昔話、組織学習、開発プロセスについてお話します。
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画責任者として、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱している。2010年11月に技術評論社より『上流モデリングによる業務改善手法入門』を出版。
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